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大倉喜八郎の言葉

大倉喜八郎は明治33年(1900年)に、本学の前身である大倉商業学校を開校しました。諸外国との競争に負けない商業人の育成を目的としていました。以下の講演は、昭和3年(1928年)、喜八郎が90歳の時に行われたものです。ぜひ一度読み、大倉喜八郎の思いを感じてください。

大倉喜八郎

「就職難か求人難か」(昭和3年3月、新潟県人会における講演)

今日就職難と言う声は随所に叫ばれている。これは確かに事実である。私のところへも書面その他の手段で就職難を訴えて来る青年がかなりにある。
しかし就職難と言う声のやかましい一方には、全くこれと反対の求人難と言う声のあることも事実である。これは一見、甚だ矛盾した現象のように思われるが、事実は決して矛盾ではない。両方ともに真実である。
実際今日の就職難は色々の原因から醸出した一大事でこれを解決することは一朝一夕になし得ることではない。漸を追って解決して行くよりほかに方法はないのである。
しかしながら立場をかえて、自分が人を求めるという側に立って今日の世相を見るならば、誰しも前に述べた求人難ということを痛感せざるを得ないだろう。
もちろんこう言ったからとて、目指す人物さえあれば現下の就職難が消滅するというのではない。そしてその原因については、一個人のにわかに如何ともすべからざる問題である。
すなわち自分の言わんとするところは、人を求める側から就職せられんとする若き人々に一言し、ひいてはわが国今日の世相に一言呼びかけたいのである。

言い古された言葉かも知れないが、わが国今日の世相ほど軽薄な時代は明治以来未だかつてない。同時に世界列強の間においても、今日のわが国ほど軽薄なものは少ないだろう。そしてこの病弊は、決して若い人達ばかりではなく、年齢と職業の如何を問わず、あらゆる階級に瀰蔓している一大病弊である。私のいう軽薄とは換言すれば、事に対する真剣さないし熱意がないということで、更に言えば責任の観念が欠如しているということができる。こういうと今の若い人達はこれもまた、月並みな処世要訣のごとく考えるかも知れないが、私はもっともらしい月並を説こうというのではなく、まったく私自身の体験から、私一流の解釈で責任観念の欠如ということを敢えて述べるのである。
思うに今日のわが国の人心はその日暮しである。ただその日その日を何とか糊塗してゆき、その場さえ巧みに切り抜けさえすれば、それでよいという間に合わせ主義である。
上下ともに、与えられた仕事、なすべき仕事をどこまでもやり貫くという気風がなく、人心には俗にいうゴツイ点が極めて薄くなった。したがって頭脳のよい人、手腕のある人、教養のある人は求められるが、しっかりして事を真剣にやるという人はなかなか求められない。
が、人に信頼されるには、頭脳や教養や手腕よりも先ず以って真剣着実さが必要だ。
意思強く、事にあたって動揺せず、しっかりとして与えられたことを遂行するということが肝要である。
昔の人、ないし維新前後及び明治初期の人のよい点はこの所であった。だから今日においても、その頃から生きのびている人はその考え方が古くても、とにかく信頼することができた。
それに反して今日は考え方は非常に新しく、やることも気が利いているかも知れないが、することにガッシリとした真剣さが足りない。腰が浮いている。腹がしっかりしていない。
しかし、今日においても人を求める側からいうと、矢張り信頼できるか否かの見きわめを最も重大視するに違いない。これは昔も今も変わりはなかろうと思う。そして私のいう求人というのはこの意味なのである。この一点さえしっかりしていれば大丈夫である。否、今日の就職について、この一点を具えていることは最上の武器であると思う。すなわち私は今日就職せんとする人に対して敢えてこの一言を呈したいのである。

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