東京経済大学

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美しいサンゴの魅力と、環境保全へのアプローチ



神秘的なサンゴの産卵


教育ビデオ「うみはなむし」
(ドキュメンタリーチャンネル)

私の研究テーマは、サンゴの発生や海洋生物の保全です。そのため、学生時代には一日に何度も海に潜り、サンゴの観察を行ってきました。
ほとんどのサンゴは1年に1回、日本では6月から8月の夜中に産卵します。その瞬間を観察し、卵を採取するため、真夜中の海に一人で潜ることもたくさんありました。べた凪の海でサンゴの産卵を待っているとき、自分よりもはるかに大きなウナギがすぐ真下を泳いでいくなど、ぎょっとする体験をしたこともあります。
でも、サンゴの産卵の瞬間(右写真参照)は本当にきれいなんです。静かな海の中でライトを照らしていると、サンゴから一斉に卵がポコポコ、ポコポコと出てくる......とても神秘的だと思います。
その様子は、教育用ビデオ「うみはなむし(ドキュメンタリーチャンネル)」でも見られます(上写真)。
ただし、サンゴの研究ならではの苦労もあります。まず、サンゴは1年に1回しか産卵しないので、そのタイミングを逃すと、1年間卵や受精卵に関する研究が滞ってしまうのです。学生の頃は、「そろそろ産卵しそうだ」という時期になると、その瞬間に立ち会うため、沖縄の海に1か月間毎晩潜ってサンゴをチェックしていました。海中で逆さまの姿勢になったままサンゴを見つめながら「まだ産まないの?」とじっと待ったものです。
最近は、研究用に採取してきたサンゴを実験室で産卵させることが多くなりましたが、産卵のタイミングを逃してはいけないのは同じです。また、産卵した後の発生の研究では、サンゴの受精卵が30分、1時間刻みでさまざまに変化しますから、その様子を顕微鏡で夜通し観察する必要があります。1か月以上研究室にこもりっきりのこともあるので、気力と体力がものをいう研究でもあるのです。


生物の多様性を育み自然災害から人類を守る

多くの人にとっては、海の生き物の一つでしかないサンゴですが、研究を続けていくと、人間社会にとってとても大事なものなのだということが改めてわかります。
サンゴ礁ではサンゴとそのほかの海の生物が共存しています。そのため、温暖化などによりサンゴが白化し、サンゴ礁が死滅してしまうと、その海域から魚がいなくなってしまいます。実際私も、サンゴの観察に訪れていた地域で開発が進み、サンゴがなくなってしまい、海の様子が一変してしまったことに驚いた経験があります。海洋生物の4分の1はサンゴ礁に棲んでいるといわれていますから、生物を守る意味でもサンゴ礁生態系の保全は重要です。
また、サンゴ礁には津波の被害を軽減してくれる力があることもわかっています。2004年、スマトラ沖地震では大津波が発生し、インド洋沿岸の広範な地域で30万人を超える死者・行方不明者が発生しましたが、インド洋の島々ではサンゴ礁によって津波の被害が軽減されたという事実が確認されています。さらに、サンゴ礁に生息する生き物は抗がん剤などの医薬品の開発の可能性の面でも注目されています。サンゴとサンゴ礁は私たちにとってとても大切なものなのです。


人間の活動が海の環境を破壊している


赤土
(写真提供:沖縄県衛生環境研究所)


オニヒトデ
(写真提供:東海大学 海洋学部 横地洋之 准教授)

しかし今、海の生態系は破壊され続け、サンゴ礁も驚くべきスピードで死滅しています。日本は海洋生態系を最も破壊している国の一つとして世界中に知られていますが、その主な原因は沿岸工事など人間活動によるものです。例えば、沖縄県・石垣市の白保海岸では1998年から約10年間で、サンゴ礁が4分の1以下に激減しています。
沖縄の土は粒子が細かい赤土が多く、森林伐採や農地開発後の整備が不完全だと、雨が降る度に大量の赤土が川へ流れ出し、海へと流入してサンゴの上に降り積もり、サンゴを死なせてしまいます。同時に、大量の栄養塩も一緒に海へ流入するので、サンゴの天敵であるオニヒトデの赤ちゃんの餌が増えてしまい、オニヒトデの大発生に繋がることもわかってきました。
さらに現在、日本各地で巨大な防潮堤の建設が計画されています。防潮堤を建設するということは、海と陸をつなぐ中間地点(エコトーン)を破壊するということです。防潮堤が建設されると、陸から川を通って土砂が海へ流れないので、砂浜の面積が減少し、砂浜に生息する生き物が死んでしまいます。そもそも、砂浜自体も埋め立てられる予定です。その上、陸からの栄養塩が海に流れ込めなくなるので、魚貝類の餌になるプランクトンが増えず、海の生物は減少します。最終的に、海の生態系が大変貧弱なものとなり、沿岸漁業への悪影響が容易に予想されます。先程の赤土や栄養塩の問題は、陸上の物質が海へ流れすぎて困った例ですが、今度は陸上からの物質が全く流れなくて困るという例です。
今回計画されている防潮堤は、そもそも東日本大震災のような大型の津波は防ぐことができません。さらに、一番大切な住民の意見も全く取り入れられていません。海の保全や防潮堤の費用対効果も含めて、再検討すべきだと考えます。


環境保全のための科学者としてのアプローチ

サンゴってどんな生き物なんですか?

サンゴが白化するって、どういうことですか?

私が、大学で授業を行う理由に、一人でも多くの人に自然のすばらしさと、環境保全の大切さを理解してもらいたいという思いがあります。
東京経済大学で学んだ学生さんは、それぞれ社会に出て活躍することになりますが、そのとき、環境の大切さをよく理解していたなら、ビジネスの場面でも企業人として環境に留意した判断を下すことができるかもしれません。また将来、家庭をもったとき、自分の子どもに自然の大切さを教えることができるでしょう。そうして、多くの人に、世代を超えて大切なことを伝えられるのが教育の力だと思うのです。だから私は、たくさんの学生さんが参加できる大きな教室での講義にとてもやりがいを感じます。
また環境保全を促進させるには、人々のモラルや感性に訴えるだけでなく、自然環境の持つ経済的な価値を明らかにすることも重要です。環境を破壊することが経済的な損失であり、環境を守ることが経済成長につながるような仕組みを考えられれば、私たちの社会を大きく動かすことができるからです。
例えば、サンゴ礁の持つ自然災害防止という面に注目すると、その経済的な価値はサンゴ礁1ヘクタールあたり、1年間で18万9000ドルともいわれています(David Pearce 2001)。また、不完全な計算ではありますが、日本でも、2009年版『環境・循環型社会・生物多様性白書』で、レクリエーションや漁業などで日本国内のサンゴ礁が作り出す経済効果は2500億円以上と試算されています。
自然の持つ経済的価値を明らかにし、自然環境を守りながら雇用を生み出すような経済的な仕組みを作れれば、環境を破壊してまで道路を造成するようなことはなくなるかもしれません。エコツアーなど、自然環境を活用する視点で持続可能な産業を生む動きを促進できるようにしたい。だから私は一人の生物学者として、経済学や開発論など多様な研究者とともに、広い視点で研究に取り組みたいと思っています。


科学者の素顔
大久保奈弥
大久保 奈弥 専任講師
(おおくぼ なみ)


東京工業大学生命理工学研究科生体システム専攻修了。専門はサンゴの発生、サンゴ礁の保全。東京経済大学では生物の多様性とその保全を学ぶ「環境とエコロジー」、がんや遺伝子組み換えなどの生命科学のトピックに迫る「生命の科学」などを担当。

ドイツ文学を学んだ後「やっぱりサンゴの研究だ」と大学院にチャレンジ!

子どもの頃から生態系や環境保全に興味がありました。家族で海辺の町に旅行しても、潮だまりの中をずっとのぞき込んでいるだけで楽しい、そんな女の子でした。ただ、哲学にも興味があったので、大学は文学部に進学し、ドイツ文学を専攻したのです。
しかし、大学4年生の時に履修した一般教養科目の生態学の授業が契機になって、やはり生物学を学んでみたいという気持ちが抑えられなくなったのです。そのときの先生のアドバイスもあり、東京水産大学(現・東京海洋大学)の大学院に挑戦することにしました。大学院入試までの数か月で、ほかの学生たちが3年以上かけて学ぶことを必死に勉強しました。あんなに勉強したことは、生まれて初めてのことでした。
生き物が大好きな私の授業ですから、海の珍しい生き物を写真でたくさん紹介しています。学生の皆さんも真剣に、というよりも、楽しそうに授業に参加してくれると嬉しいです。
最近私が夢中になっているのは、タツノオトシゴ。タツノオトシゴも海に棲む生き物の一つですが、乱獲などで急速に減少しているのに、理学的な研究はまだまだこれからです。休みの日は1日13時間くらい、家族もあきれるくらい水槽の中のタツノオトシゴを観察しています。生き物をじっと眺めていると、「きれいだなあ!」とか「なぜだろう?」といった気持ちが生まれてきます。生き物が与えてくれるそうした感動は、私にとって研究を続ける大きな原動力なのです。

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