東京経済大学

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学長ブログ「進一層」だより

お題本は『書店ガール5』

2017年05月22日

5月15日(月)、図書館で読書会が行われました。対象者は学生と教職員。参加者は7名でした。私が選んだ本は、碧野 圭『書店ガール5』(PHP文芸文庫、2016年)。書店員という仕事の中身・悩み・喜びなどを描いた作品です。テレビドラマ『戦う! 書店ガール』(フジテレビ系)の原作でもあります。

最初にどのような段取りで、読書会を進めていくのかについて、簡単に説明しました。
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まずは、参加者の自己紹介を兼ねて、参加された方々にこの本に対する印象・感想を述べていただきました。

次に、配布したレジュメ(資料)を見ながら、私が説明。具体的には、①『書店ガール』シリーズのこれまでの内容とは、②『書店ガール5―ラノベとブンガク』のおもしろさとは、③この本の内容を参加者の実際の生活のなかでどのように生かしていけばよいのか、④お仕事小説とは、どのようなジャンルの小説なのか、といった四点を述べました。本は、読んで楽しければそれで良いわけですが、学んだことを実際に活用することもまた、読書のさらなる楽しさにつながっていくのではという考えから、三つ目のポイントについても考えてもらいました。

そして、参加者の意見を再度お聞きしました。今度は、③のところで指摘した発表・プレゼンの仕方を参考に、「テーマ→二つのポイントに整理すること」を念頭に置いて意見を披露してもらいました。
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最後は、参加者の皆さんからの質問タイムでした。

出された意見・感想のいくつかを私なりにまとめてみました。「作られてから売られるまで、本が織りなすドラマ性を感じました」「人間のさまざまな感情の根底に、それぞれの合理性があるのですね」「仕事を描いた作品がたくさんあることを実感しました。キャリア教育の教材にもなりえるのでは」「企画に若い人を巻き込んでいくときに参考にできそう」...。

世の中にはたくさんの仕事・職業があります。しかし、その内容・働いている人の悩みや喜びなど、部外者にはもちろんのこと、当事者にとっても客観的に理解することには、むずかしいところがあります。そうしたことを理解できる格好の素材となるのが、「お仕事小説」です。キャリア教育にも、大いに役に立つのではと考えています。

新聞会によるインタビュー

2017年05月19日

2017年5月12日付けの『東京経済大学新聞』第511号に「学長に対するロング・インタビュー」が掲載されました。テーマは、私の研究分野。インタビュアは、東京経済大学新聞会の編集局長・濱田貴浩君でした。記事は、特定の研究分野・テーマを選ぶことになった経緯、研究内容、そのおもしろさなどが紹介されています。東京経済大学新聞会のHPからでも、インタビューの記事を見ることができますので、是非ともご覧になってください。インタビューを受けたのは、4月24日(月)のこと。私にとっては、これまでの自分自身の研究活動を回顧する非常に良い機会となりました。濱田君には感謝したいと思います。
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私の研究遍歴を振り返ってみますと、なんといってもメインテーマは「近現代イタリア経済史」です。具体的には、19世紀末から20世紀初頭におけるイタリアの近代化の経済的基盤の形成を探ることです。しかし、それなりに長い研究生活ですので、それ以外にも課題を設定して取り組んだ領域が三つほどあります。

一つ目は、人類の誕生以前の生物の進化を包摂した「トータル・ヒストリー」を描くことでした。「人間の生き方に寄与できる経済史」「先史時代や進化の問題を視野に入れた歴史像の構築」をめざしたのです。二つ目は「経済小説」。多くの作品を読み、おもしろい経済小説を発掘し、そのおもしろさを解説することです。そして、三つ目は、この記事では登場しませんが、「クルマの過去・現在・未来を描くこと」になります。いずれの分野でも、著作の形にすることができたのは、やはりうれしいことだと認識しています。

5月16日(火)、『東京経済大学新聞』第511号を学長室まで持参してくれた濱田君に私の方からショート・インタビューを行いました。
「Q:新聞会の活動のどのようなところが楽しいですか? A:いろいろな人と会えること。紙面の構成を考えるのもおもしろいです」
「Q:学生たちへのメッセージをお願いします! A:いろいろな分野で学生たちが活躍しています。そうした多様な活躍を知ってほしいです」

連休返上とも想像できそうなハードなスケジュールのもとで、新聞の制作に尽力された濱田君はじめ、新聞会の皆さん、お疲れさまでした。

入試特待生との懇談会

2017年05月16日

2017年5月10日(水)、入試特待生と大学役職者との懇談会がありました。新入生の特待生のみならず、2年次以降も継続して特待生になっている学生、役職者の教職員、学生委員の教員など、およそ75名が参加しました。以前は、昼休みの時間帯に決められた席に座る形で行っていたのを、昨年から夕方の時間帯に立食形式で行うようになっています。

学部ごとにつくられたテーブルの周りに、教職員と学生が集まりました。最初のうちは、あまり会話がありません。学長のあいさつと出席者の紹介が行われたあと、会食・懇談の時間になって初めて、言葉の交流が本格化しました。未成年者が多いものですから、飲み物はもっぱらソフトドリンクです。
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一般的な傾向を言えば、教職員に自ら話しかけようとする学生は少なく、多くの場合は、教職員から学生へ、継続特待生から新入特待生へと、会話の口火が切られるようです。やはり初対面の年配者には、話しかけにくいのでしょうね。

「自分でしっかりと自己管理を行ってください」「授業にはきちんと出席すること」「自分の好きなことに重点的に取り組むと良いのでは」...。継続特待生が新入特待生に対するアドバイスは、そのようなものでした。多くの新入特待生の心に届く言葉だったかもしれません。
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私自身は、経済学部に指定されたテーブルで、3~4名の学生と話をしました。どちらかというと、「講義調」の話になりました。それは、一人の学生がいろいろな質問をし、それに答える形になったからです。ただ、いずれの質問も、本質的というか、私の話の流れに沿ったものだったのです。当の学生は、「自分の長所がまったくわからない」ということでしたが、的を絞った質問ができるいわば「質問力」には感心されられました。

入学されたばかりの新入特待生の活躍を改めて願う機会となりました。
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応援の形もいろいろ

2017年05月08日

5月1日のブログで紹介しましたように、4月29日(土)、戸田公園(埼玉県)へ端艇部の応援に行きました。そして、翌30日(日)には、武蔵村山キャンパスで行われたサッカー部とアメリカンフットボール部の試合を観戦しました。多くの試合を観戦したいと常日頃から願いつつも、なかなか実現できずにきたわけですが、今回は、三つの部の戦いぶりの一端を私なりに垣間見る機会となりました。

一連の観戦のなかで発見できたことのひとつは、「応援にも実にいろいろな形がある」ということでした。以下、点描してみたいと思います。

29日のレガッタ会場では、ゴール直前の激しい駆け引きに、大きな声援を送る卒業生の皆さんが印象に残りました。それはまた、私自身も一体となって声援を送ることができるひとときとなりました。 

30日のサッカー部の試合では、グランド正面の応援席とは異なって、反対側から観戦しました。そこでは、正面の応援席とはまた違った空気が流れていました。多くの観客がいるなか、ある中年のお二人は、折りたたみ式のマイチェアを木陰に置き、座りながら、静かにサッカーの試合を楽しんでおられました。応援しているのが、本学なのか、それとも相手側の明治学院大学なのか、よくわからないほど、悠然と観戦されていました。

逆に、拍手と歌と声援という三拍子そろった大歓声付きの賑やかな応援ぶりを披露していたのは、両校の学生たちです。いいプレイにも残念なプレイにも大きなリアクション付きの応援です。見ていて、とてもほほえましい光景でした。「いいぞ、いいぞ、東経」「トーケイ、トーケイ、われらが母校」......。
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こんなこともありました。足がつって動けなくなった本学の選手に対して水を持って行ってくれた明治学院大学の選手。彼に心の中で「ありがとう!」と叫んだ私。

アメリカンフットボール部の試合では、後輩たちの動きを叱咤激励しながらのアドバイス調の応援がありました。専門的な用語がふんだんに登場するので、全部は理解できなかったのですが、それもまた、現役学生の実力の向上を願う先輩たちの応援のスタイルなのだと思いました...。傍らでは、試合中走り回る息子さんの姿を写真に収められているお母さんの姿もありました。
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余韻を残しながらも、春の一日が過ぎ去っていきました...。

年に一度はこのネクタイで

2017年05月01日

毎年一度は締めることになる、とても素敵なそのネクタイ。黒地にイエローの太線、ブルー細線とイエローの細線が斜めに入り、下部には交差した二本の櫓(オール)がデザインされたもの。本学の端艇部の関係者が愛用するネクタイなのです。そのネクタイを締めるのは、法政大学、中央大学、本学の端艇部が毎年行っているグリーンレガッタの日です。
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4月29日(土)、埼玉県の戸田公園で第27回グリーンレガッタが開催されました。羽貝正美部長と、荒川雅一副部長が教職員レースで奮闘されました。残念ながら、男子舵手付きフォアと女子舵手付きクォドルプルは故障者が出たため、棄権となりました。しかし、男子シングルスカルの萱沼 響さん、女子シングルスカルの木村聖奈さんが見事優勝しました。総合優勝したのは、幹事校の法政大学でした。
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さわやかな風で心地よさを肌で感じることができたその日、応援で訪れた本学関係者は、およそ150名。イエローに二葉葵の校章をかたどったカンバッチの100個も、早々になくなってしまったそうです。

例年のことながら、いつものネクタイをして、応援団のなか歩きまわりました。そして、多くの方々と話をすることができました。あいさつだけの方もいれば、少し時間をかけて話し込む方もおられました。特になにかに追われるということもない休日のひととき、戸田での半日がゆったりと過ぎていきました!

シーズンのスタートを祝福するのが、このグリーンレガッタ。本学のみならず、法政大学と中央大学の端艇部の活躍を祈念しております。
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83回のスピーチと「おかえりなさい!」

2017年04月27日

学長の仕事のなかで結構なウエイトを占めるものに、あいさつ・スピーチがあります。83回というのは、2016年度の1年間に行った大小さまざまなあいさつの回数です。

思いつきで話すこともあるのですが、大部分は、それなりに時間をかけて準備した内容を話すことを心がけております。話のテーマを決めるときに効力を発揮するのが、いろいろな場面を想定して作成された、「スピーチの素材」と題する「マイ参考書」です。本で読んだり、人の話を聞いたりしたときなど、アンテナに引っかかった言葉を書き留めておきます。学長に就任することが決まったときから始めました。それが、徐々にページ数が増え、いまではA4サイズで53頁になっています。

テーマが決まると、多くの場合、原稿をつくります。そして、幾度となく声に出して話をしてみます。自宅から最寄り駅まで、歩きながら、どれほどスピーチの練習をしたことでしょうか!

原稿は、すべてパソコンに保存しています。そうしておかないと、特定の行事で昨年とまったく同じ内容のことを話す可能性が出てくるからです。もちろん、部分的には同じ言葉を使うことがありますが、私自身は、できる限りヴァリエーションをつけてスピーチに取り組むことをめざしています。そのためには、原稿の保存は、不可欠と言えるでしょう。

昨年とまったく同じことを話した例が一つだけありました。それは、葵祭(大学祭)中に開催されるホームカミングデーのときの最初の言葉、「卒業生の皆さん、おかえりなさい!」というもの。与えられた時間は1分間というごく限られた時間でしたので、メインとなる言葉が必要ということになります。ところが、いくら考えてもそれ以上にふさわしいと思える言葉が見つからなかったのです。

ただ、先日、ある卒業生の方から、ホームカミングデーの際に学長から「おかえりなさい!」と言われた時には、涙ができるほど感激しましたという、うれしいお話を伺いました。長い星霜を経て、久方ぶりに母校を訪ねてくださった卒業生をお迎えするのには、今年もやはりこの言葉を使わせていただこうと、改めて思い直しました。

新発田・大倉喜八郎の生誕地にて

2017年04月21日

葵友会新潟支部総会の翌日(4月16日)、新発田を訪れました。同行者は、葵友会会長の後藤鍈四郎さんと校友センター長で葵友会事務局長の渡邊泰純さん。新発田は、私にとりましては二度目の訪問となります。一度目はもう20年以上も前なので、当時とはまったく異なった世界に接することとなりました。

ここでは、大倉喜八郎に因んだ場所を紹介したいと思います。まず訪れたのは、喜八郎の像です。JR新発田駅に降り立ち、右手の方に進みますと、新潟県立新発田病院の広大な敷地があります。そこは、かつて大倉製糸の工場があった場所。大倉喜八郎の像が建てられているのは、その一角です。もともとは、諏訪神社に隣接する東公園に建てられていた像があり、その一部が移設されたものです。
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次に、新発田病院の最上階(11階)で、大倉喜八郎の写真展を見学しました。「大倉喜八郎の会」の皆さんのおかげで、喜八郎の家族の写真のほか、若かりし頃の写真を見ることができました。展示されている写真の内容は、おおむね半年に一度新しい写真と交換されているそうです。

また、下町商店街の一角には、「郷土の偉大な実業家 大倉喜八郎生誕之地」と書かれた石碑がありました。そして、新潟県立西新発田高校の敷地内には、彼が通っていた寺子屋の跡が「丹羽先生積善堂遺址」として残されています。
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新発田が生んだ著名人として真っ先に挙げられるのは、「高田馬場の決闘」や「忠臣蔵」で名をはせた堀部安兵衛のようです。大倉喜八郎にゆかりのスポットは、屋敷や庭園のように目に見える形にはなっていないことも影響しているのかもしれませんが、観光旅行の一般的なコースには組み込まれにくくなっているのでしょう。しかし、長きにわたって東京経済大学にお世話になってきた私にとって、本学の前身である大倉商業学校生みの親である大倉喜八郎の史跡の一端に触れることができたことは、大切なものに出会ったときに湧き上がるような、ある種の懐かしさといとおしさが入り混じったような感情を生み出してくれました。

案内してくださった葵友会新潟支部長の寺尾綾さんと水島直治さんには、心からお礼を申し上げたいと思います。

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