東京経済大学

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2016年7月

「幸せの輪」と葵友会福井支部設立30周年記念総会・講演会

2016年07月28日

4月28日(木)、福井駅西口にオープンした21階建の白亜のビルの名前は「ハピリン」。英語で「幸せ」を意味する「ハッピー」と輪の「リング」を掛け合わせたもの。ビルを中心に「幸せの輪」が広がってほしいという思いが込められています。

7月23日(土)、そのハピリン3階の能楽堂がある多目的ホールにおいて、葵友会福井支部設立30周年記念総会・講演会が開催されました。神崎洋治支部長のあいさつの後、前年度の取り組み報告、会計・監査報告がなされ、本年度の行事予定案が提出され、承認されました。その後、私、後藤鍈四郎・葵友会会長、川田龍平参議院議員による来賓のあいさつがありました。

支部活動の一環として特に興味をそそられたのは、秋に予定されている「会員による異業種交流会と勉強会」でした。集まって、話をして、食事をするだけではなく、せっかくの同窓会なので、異業種交流会という新たな付加価値を作ってはどうかという考えから生まれたそうです。そもそも、葵友会は、異業種交流会の母体としても、まさにうってつけの組織と言えるかもしれません。そうした試みが、福井支部で定着し、さらには多くの支部活動のなかでも取り上げていくことができれば、「交流の輪」のみならず「ハピリン=幸せの輪」も広がっていくのではないでしょうか。

講演会では、「経済小説の楽しみ方」という演題で、90名ほどの聴衆を前に話をいたしました。これまでにも、葵友会の行事で何回か行った演題なので、出席者の状況に合わせて力点を変えて話をすることを心がけております。今回は、「若者たちの苦悩」と「組織の活性化」というテーマに力点を置いて講演を行いました。
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講演会の次の日、神崎支部長が案内してくださったのは、名刹「永平寺」でした。奥山の広大な敷地のなかに建立された、歴史を感じさせられる壮大な曹洞宗総本山の法堂や仏殿などの建物に圧倒され、厳かな気分に浸ることができました。記念総会・講演会・懇親会の準備にご尽力くださった、支部長をはじめとする幹部の方々に感謝しながら、帰途につきました。
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「国際的な出稼ぎ俳優」兼「映画の脚本・監督・制作者」

2016年07月20日

7月16日(土)、父母の会 東京・神奈川・千葉支部合同懇談会が行われました。父母の会の支部総会は、本年も全国35会場で実施されました。ただ、東京・神奈川・千葉については、参加者が多いこともあり、年二回の開催となります。東京経済大学の全般的な特色や近況報告については学長が行うのですが、父母の会の活動、学生生活、学修、就職支援などについては、職員の担当者の説明が行われました。このような職員によるまとまった形での説明を聞くことは、父母の方々にとってはとても有益な機会なのですが、例年のことながら、私自身にとっても「学ぶところ・気づくところ大」のひとときになっています。その後、学部別懇談会・個別面談を経て、懇親会とキャンパスツアーが実施されました。

午後2時30分ごろ、会は終了。そのあと、もう一つのイベントが待ち受けていました。本学1992年の卒業生でもある梶岡潤一さんによる市民のための文化講座「映画上映会&講演会」(東京経済大学生涯学習推進委員会主催)がそれです。

梶岡さんは、本学経営学部在学中、香川照之さんに弟子入り。テレビを中心とした俳優活動を開始され、『渡る世間は鬼ばかり』などに出演。その後、中国の中央戯劇学院に学び、中国語で演じる日本人俳優の先駆者となられました。しかし、中国に渡って初めて、英語の重要性を再認識された彼は、イギリスに渡り、ハリウッド映画『47ローニン』や『007スペクター』にも出演。イギリス映画『Taking Stock』で、最優秀助演男優賞を受賞されました。最初の監督作となった『インパール1944』は、モナコ国際映画祭で、最優秀脚本賞と最優秀プロデューサー賞を同時受賞。ドキュメンタリー映画『杉原千畝を繋いだ命の物語-日本人とユダヤ人、過去と未来』は、監督二作目の作品です。杉原千畝によって助けられた命が、その後どのように後世につなげられていったのかという、これまであまり扱われてこなかったところに焦点を合わせたものになっています。
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梶岡さんの講演会に出席できたのは、『インパール1944』の上映後でしたが、彼の講演の魅力を堪能するには、十分な時間がありました。「国際的な出稼ぎ俳優」を自称されているだけあって、俳優としての活躍ぶりは、まさにグローバル時代にマッチしたもの。また、「映画の脚本・監督・制作者」としての活躍ぶりと考え方からは、確固たる芯が通っていることを感じ取れました。加えて、コシノ・ジュンコさんがプロデュースされたスーツと語り口によって醸し出された「雰囲気」なども、多くの聴衆を魅了したようでした。
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最後に述べられた次のような言葉も、多くの人に響くのではないでしょうか。
「言葉はうまくなくてもいいが、誠意を尽くすことが大切。誠意は世界の共通語!」「自分にしかできないものを探せ!」...。

エベレスト・ローツェ登頂報告会

2016年07月14日

7月12日(火)の12時20分~13時、大倉喜八郎 進一層館において、伊藤伴さんのエベレスト・ローツェ登頂報告会が行われました。経営学部3年生の伊藤さんが5月19日にエベレスト登頂日本人最年少記録を樹立したことは、すでに5月31日のブログで紹介しています。今回は、無事に帰国されたことを受けての報告会の様子を紹介したいと思います。
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たくさんの写真とビデオの映像を紹介しながら進められた伊藤さんの話。それは、ネパールの大地震による雪崩によって中断せざるを得なかった昨年の登頂の経験からスタート。間一髪で助かったときに撮影され、テレビでも放映されたビデオには、当時の状況が生々しく映し出されていました。そのときの恐怖は相当大きかったそうです。しかし、山に魅せられた小学4年生の頃から夢であったエベレスト登頂にむけての再チャレンジへの準備を怠ることはありませんでした。
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韓国の仁川を経由し、ネパールの首都カトマンズに到着した伊藤さん。少しずつステップを踏んで「高所順応」をしていきます。ベースキャンプを起点に、C2、C3、C4へと移動。その間、高度障害で強い睡魔に襲われるので、睡魔との戦いがありました。台風並みの強風、凍傷、疲労、一歩間違えば死んでしまうという滑落に対する恐怖など、ありとあらゆる困難とも戦わなければなりませんでした。しかしながら、山頂で待ち受けていたのは、それまでの苦労を吹き飛ばしてくれそうな「最高の景色」でした...。
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今回の登頂隊の隊長の名は近藤謙司さん。彼に対するあこがれから始まり、彼のもとでエベレストに登頂された伊藤さん。将来は、近藤さんのように、「皆を連れて行く国際山岳ガイド」になりたいという思いを持たれたようです。また、ネパールの復興のためにもなにがしかの貢献を果たしたいという、もう一つの目標も。

ステップを踏んで一つのことを成し遂げる。すると、次の目標が見えてくる......。まるで、人生そのものでは。そんな気持ちにさせられた報告会でした。

60周年記念 葵友会茨城支部同窓会

2016年07月11日

7月2日(土)12時、水戸市三の丸ホテルで、60周年記念 葵友会茨城支部同窓会・懇親会が始まりました。平山副会長の開会宣言、徳宿支部長のあいさつのあと、当初は私と葵友会の後藤会長があいさつをすることが想定されていたのですが、当日の朝、大学で職員の採用試験があった関係で、私が会場に到着したのは、午後1時頃になりました。すでに総会は終了しており、残念ながら、総会の様子については、ご紹介することができません。ただ、65名の出席予定者のなかで、平成になってからの卒業生21名と在校生2名が入っていたのは、とてもうれしいことでした。 
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一口に60年と言いましても、実にいろいろなことがあったのではないでしょうか! これまでの支部の活動を支えられた皆様方には、敬意を表したいと思います。海田前支部長には、感謝状の授与が行われたようです。当日参加された若い人たちには、同支部の未来を担っていただきたいですね。

私自身が会場に着いたのは、まさに特別企画として準備されていた八代目春風亭柳橋師匠の独演会が始まったときのこと。師匠は、昭和55年の卒業生で、茨城支部の幹事を務められておられます。本学のコミュニケーション学部で客員教授に就任されていた関係で、「なぞかけ」なども駆使し、日本語のおもしろさを学ぶという楽しい授業の話からスタート。そして、困った時の神頼みを扱った「お神酒徳利」に至るまでのおよそ1時間、80名近い聴衆を魅了する話が披露されました。

柳橋師匠の独演会は、60周年という記念すべき節目のイベントに見事な花を添えてくださったのではないでしょうか。そして、懇親会では、非常に幅広い年齢層の方々が、次々に演壇でスピーチされたのも、特筆に値する出来事と言っても良いかもしれません。いずれも、役員の方々の努力があればこそだと思いました。

伊藤監督の50年

2016年07月07日

国分寺キャンパスにある葵陵会館1階食堂に入っていくと、スポーツで汗をかいた直後のすがすがしい笑顔に満ちた多くの卒業生・学生に囲まれたその方がおられました。その人の名は、伊藤甫律さん。本学ソフトテニス部の監督として、半世紀にわたり、同部を指導され、当初は「エベレストの頂」とさえ思われた「関東リーグ1部校」の仲間入りを実現させるのに多大な貢献をされた人物なのです。彼の指導を受けたOB・OGは、およそ500名。本学の体育会の歴史のなかで、長きにわたって語り継がれるべき指導者のひとりではないでしょうか!
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それは、6月11日(土)の夕刻、ソフトテニス部の「葵なかかる会」の総会の後に開催された「OB・OG・現役・懇親会」でのことでした。出席者の多くは、武蔵村山キャンパスのテニスコートで実施された「OB・OG・現役懇親テニス交流会」に参加され、そのあと国分寺のほうに移動された方々でした。

感謝状・記念品を受け取られた伊藤さんは、驚きと恥ずかしさとうれしさが入り混じった表情を見せながらも、私と中村嗣郎・体育会会長が読み上げる賞状の文言を聞いておられました。勝手な推測をお許しくださるならば、一列にしゃがみこんでコートの石ころ拾いが練習のスタートであった頃のこと、49年かけてついに念願の男子・女子そろっての「1部昇格」を実現させたときのこと...、さまざまな思い出が脳裏に浮かんだのではないでしょうか!
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伊藤監督、大変ありがとうございました。これからも元気に学生たちの指導に当たってください。
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