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ジョン・フィスク『テレビジョン・カルチャー』(梓出版社)

・テレビはずっと二流のメディアと言われ続けてきた。ニュースは新聞、ドラマは映画や舞台、そして音楽は、コンサートやレコードとの比較で、いつでもけなされてきた。テレビは映画とちがって、俳優がそこで演技をする場所ではないし、コンサートともちがって歌や演奏によって自分の世界を表現する場でもない。どんな人でも、いわば素の顔で登場することを要求するし、そのつもりがなくとも裸にされてしまう。だからテレビには出ない俳優や歌手はアメリカにも日本にもかなりいた。

・そんなメディアに対する評価が変わりはじめたのは、日本ではたぶん八十年代になってからだろう。カラーの大画面、ヴィデオ、お金も手間もかかったおもしろいCM、ニュース番組の変化、種類も中継方法も多様化したスポーツ番組、そして衛星放送。ヒットする映画も音楽も、流行も、テレビが発信源である場合が少なくない。今やテレビなしには、文化はもちろん、政治も経済も語れない。そんな時代になった気がする。

・しかし、それはテレビというメディアから生産される番組が作品として充実してきた結果を意味するものではない。J.フィスクは『テレビジョン・カルチャー』のなかで、テレビの力は、テレビによってつくられるテクストの完成度によってではなく、むしろその未完成さによって生み出されるのだという。つまり、作品として完成させ、意味を確定するのは、最終的には視聴者に任されているのだという。

・たとえば、映画館にいる観客は、大きなスクリーン映像とスピーカーからの音響を集中して受け取り、それを一つの作品として味わう。あるいは小説の読者も、たとえ一気に読まなくとも、最初のページから読み始めて、最後に読み終わるまでを一つの作品として受けとめる。ところがテレビの視聴者は、たいがいテレビの前でじっとしてはいない。テレビから受け取るテクストは、視聴者にとって、現実の場におけるさまざまなテクストのなかの一部にしかなりえない。しかも視聴者は、気まぐれにリモコンで次々とチャンネルを変えたりする。すべてのチャンネルを一巡りさせるのに必要な時間は数秒だから、数分の間に何十回、何百回とチャンネルを変えることにもなる。視聴者にとって、一つの番組が一つの完結した世界であるという意識などは、最初からほとんどないに等しいのである。

・もちろんそんなことは制作者とて先刻ご承知である。というよりは、テレビ(商業放送)は、数分おきに挟み込まれるCMによって成り立つメディアとして始まったのである。CMの混入はシリアスなドラマであろうと、深刻なニュースであろうと関係ない。まさに「釈迦の説法、屁一つ」といったことが常態化しているのだ。だからもちろん、テレビは、社会的にはやっぱり、新聞にも映画にもレコードにもかなわない、ダメなメディアだとみなされている。ダメだといわれながらますます強力になるテレビ。

・フィスクはそのテクストとしての未完成さはまた、日常の世界で私たちがさまざまに人びとと関係しあったり、雑用仕事をしたり、ちらっと興味や関心、あるいは欲望を感じたりする、そのスタイルそのものだという。テレビは私たちの日常に、何の違和感もなく入り込み、そして私たちの日常そのものになってしまった、というわけである。

・ぼくはCMに邪魔されるのが嫌いで、BSで映画やスポーツやドキュメントばかり見ているが、たまに民放を見ると、やっぱり、リモコンが手から放せなくなってしまう。BSやCSとCMのはいらないテレビがますます増えてくると、テレビと視聴者の関係はまた、変わっていくのかもしれない。そんなことを考えながら、ぼくはわりと集中して今晩もテレビを長時間見てしまった。 (1997.10.01)

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1997年10月01日 21:23に投稿されたエントリーのページです。

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