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富田英典・藤村正之編『みんなぼっちの世界』恒星社厚生閣

・「みんなぼっち」とは聞き慣れないことばだ。この本を手にしての第一印象はそんな感じだったが、どんな意味だろうかと、ちょっと興味も持った。


じめじめした人間関係は嫌いだけど、ひとりぼっちになるのも嫌だ。ありのままの自分でいいという思いと、得体の知れない他人とつきあう際の不安との間の葛藤を処理するのが、<みんなぼっち>という形式だと言えよう。


・最近の若い世代の人たちの自己感覚、人間関係の特徴である。確かにそうだ。たとえば、僕がつきあう学生たちの中には、放っておけば、たがいに親しくなる努力をしない。しないと言うよりは、どうしていいかわからないように見える人たちが目立つ。意見を言ったり議論をしたりするのも苦手のようだ。号令をかけたり、強制したりしなければ、いつまでも<ひとりぼっち>のままでいる。

・ところが他方で、彼らは、頻繁に携帯電話でどこかの誰かと連絡を取り合っている。HPの掲示板なども好きだし、コンパなど場を設定すれば、盛り上げるように努力する。ここでは<みんな>になることに賢明なのだ。<ひとりぼっち>でいることと<みんな>であることのジレンマ。それは今にはじまった自己感覚や人間関係の特徴ではないが、その性格には確かに今までとは違うわかりにくいものがある。

・<ひとりぼっち>になることは、自分が自分であることの確認のために欠かせない。他人とは違う私、つまり「アイデンティティ」の獲得には、それを遮る他者を乗り越えること、あるいは逃げることが必要になる。<ひとりぼっち>には単に物理的に一人になることばかりでなく、他人との違いを公言することも含まれる。

・けれども、現代の若者には、自分を遮る他者はいない。物わかりのいい親、少ない兄弟姉妹。親戚や近所の口うるさいおばさんや、怖いおじさんの消滅。限りなく広く浅くなる友達づきあい。「困難をバネにアイデンティティを獲得する方法」が閉ざされていれば、関心の中心は自然と排他的な形で自分自身へ向かうことになる。けれども、他者の評価のない自己確認はまた、きわめてうつろなものにしかならないから、関心の矛先はまた、他人にも向かわざるを得なくなる。そこで………。


自分の生き方が危うい均衡の上にかろうじて成り立っていることがわかっている時、しばしば人は、なおさら強固にその部分を防衛しようとする。現代の若者たちにも、他者への強い関心をもち、かつ自分の生き方が不確かであるからこそ、互いのあいだにプライバシーを保護するための距離を厳格に取ろうとするのではないだろうか。

・この本には、親しい友達づきあいのような情緒的人間関係(第一次的)と公的な場での役割的人間関係(第二次的)のあいだに、いわば 1.5次空間と呼ばれるような関係が指摘されている。それはパソコン通信やテレクラ、ダイヤルQ2といったメディアによって成り立つ場だが、携帯もふくめて、現実に顔をつきあわす場、あるいはその場の脚色、そしてメディアによるつながりが、それぞれどういう特徴を持つのか考える上で面白い視点だと思った。

・賛成できる視点をもう一つ。「アイデンティティ」というと他人とは違う確固としたもの、個性的なものと考えがちだが、その形成期である「青年期」を「19世紀から20世紀初頭にかけて生成し、20世紀後半に終焉をむかえている現象形態」とするところ。21世紀には人はどんな自己感覚と人間関係を基盤に生きていくのだろうか?僕は強い自己主張に慣れた世代の一人だから、そんな想像はおもしろくもあり、また恐ろしくもあるように感じる。 (1999.08.04)

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1999年08月04日 21:38に投稿されたエントリーのページです。

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