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クロード・レヴィ=ストロース/中沢新一『サンタクロースの秘密』 (せりか書房)

levis1.jpeg・クリスマスといえば、サンタクロースの贈り物。子どもの頃は楽しみだったし、親になってからは子どもに何をあげようか、考えたりもした。しかし、ここ数年はそんな行事とも縁遠くなっている。わざわざケーキを食べたりもしなくなった。むしろ、Xマス商戦を当てこんだジャンクメールがアメリカから山のように届いて、うんざりするばかりだ。サンタクロースは消費社会が作りだした広告マン。愉しく過ごす人たちには嫌みに聞こえるかもしれないが、これは実感としてだけでなく、歴史的にも本当の話のようだ。
・クロード・レヴィ=ストロースと中沢新一による『サンタクロースの秘密』という本を見つけた。もう8年も前に出されているのに最近になるまで気づかなかった。レヴィ=ストロースの本はそれほど読みやすいものではないのだが、ページ数も少なく、字も大きいから、読みはじめたら数時間で一気に読み終えてしまった。「あー、おもしろい」。そんな読後感を久しぶりに味わった一冊で、Xマス・プレゼントをもらった気がした。だから僕も、ご愛顧に感謝してこのHPにアクセスした人に書評のプレゼントを。
・1951年にフランスでサンタクロースを処刑するできごとがあったそうだ。仕掛けたのはカトリック教会で、その理由はキリストとは何の関係もないサンタクロースに、Xマスが乗っ取られるのではという危機感だった。赤い服を着たサンタクロースはコカコーラが作りだしたキャラクターで、親がサンタに扮装して子どもにプレゼントをする習慣も、第二次大戦後にアメリカから入ってきたものだった。しかも、このような危機感は生活のあらゆるレベルで多くのフランス人に共有されていて、「アメリカ化」に対する恐れや反発として取りざたされてもいた。
・Xマスはキリストの誕生を祝う教会の祭で、ローマ・カトリック教会が広めたものである。しかし、その祭のもとは一年で一番陽の差す時間の短い「冬至」の日にヨーロッパ各地で行われていたものだという。昼間の長い季節は「生きる者の世界」。しかし、夜が長くなる季節には生命のエネルギーは衰えて、冬至の日には「死者」たちが「生の世界」に戻ってくる。だから昼間を取りもどすために「祭」をして、その死者達を迎え、慰め、礼を尽くして送りかえさなければならない。
・大事な役割をするのはどこの場所でも子どもや若者たちだったようだ。たとえば、「鞭打ち爺さん」があらわれて悪い子どもを懲らしめて回る。あるいは子どもたちが家々を回って歌を歌ったり騒いだりして、お金や食べ物をもらう。さらには若者たちがらんちき騒ぎをし暴れ回ることが許される日。子どもや若者が主役になったのは彼や彼女たちが「生きる者の世界」ではまだ半人前であったからで、「冬至の祭」には、イニシエーションの儀式という意味あいもあった。
・ローマ・カトリック教会はキリスト教の布教と信仰心を強めるために、この「冬至の祭」をキリストの誕生を祝う「Xマス」に「変換」した。一説ではキリストは夏に生まれたのだというから、「死」から「生」への復活を願う気持をキリストの誕生に重ねあわせたのは、計算づくのしたたかなアイデアというほかはない。その重要な虎の子の伝統がアメリカからやってきた赤いサンタクロースに踏みにじられたのだから、教会の怒りや危機感は容易に察しがつくというものである。
・もっとも、サンタクロースの処刑は実際には、かえってその価値を高める結果をもたらすことになる。表向きでは「アメリカ化」に反発していた人たちも、その物質的な豊かさ、便利さ、楽しさには無意識のうちにすっかり虜になってしまっていたから、クリスマスの行事はますます派手でにぎやかなものに変質していくことになる。
・サンタクロースはクリスマスを、生と死ではなく「生きる者同士」のプレゼントの交換という形に「変換」した。死の世界の封じ込め、あるいは忘却。「アメリカ化」が果たした最大の意味はここにあるとレヴィ=ストロースはいう。もっともそれで教会が衰退したわけではない。キリスト教も教会もまたサンタクロースを利用して、死の世界よりは生の世界に力点をおいたスタンスに「変換」したからである。
・ところで、この「サンタクロース論」はレヴィ=ストロースがまだ無名の頃に書いたもので、サルトルが注目して自ら主幹する雑誌に掲載したものだという。「実存主義」と「構造主義」の戦いの出発点。これが、むずかしい「構造主義」を一番簡単に理解できる論文であることとあわせて、「構造主義」や戦後のフランス思想史に関心をもつ人にも勧めたい一冊であることは間違いない。「贈与論」を中心にした中沢新一の解説もまた、わかりやすくておもしろい。

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2003年12月24日 21:43に投稿されたエントリーのページです。

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