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大欧州と世界共和国

脇阪紀行『大欧州の時代』(岩波新書),柄谷行人『世界共和国へ』(岩波新書)

・EUという枠組みは日本ではあまりぴんとこない。しかし、実際に出かけてみると、肌身で実感することが少なくない。たとえば、アイルランドでは首都のダブリンも南部のコークも高速道路や新しいビルの建設が目立った。観光客を集める地域を設け、レストランやパブや店を並べる工夫が施されていて、実際に大勢の人で賑わっていた。ギネスとアイリッシュ音楽以外にめぼしいもののないアイルランドでは、観光が一番の売り物なのである。その資金はもちろん、EUから出されているが、ダブリンで泊まったホテルのカウンターにいたのは、大学に通いながら働いているポーランド人の女性だった。彼女によれば、工事関係の出稼ぎ者も多いのだという。

journal1-102-1.jpg・脇阪紀行『大欧州の時代』によれば、現在加盟している国は25ヶ国で、イギリスやフランス、ドイツといった大国のほかに、アイルランドや共産圏に属していた東欧が含まれている。人口は約4億6000万人。当然、政治体制の基盤や経済力も異なるのだが、EU内の格差をなくしつつ、結束してアメリカや日本に対抗できる競争力をつけることを目標にしている。その歩みはけっして早くないし、簡単でもないが、見えてきているものはなかなか興味深い。
・EUは2002年から単一通貨を流通させている。新しく加盟した東欧諸国とイギリス、それにスウエーデンは独自の通貨だが、鉄道網や道路の整備などとともに、一面では一つの国という形を目指している。経済力のない国は、それによってインフレを余儀なくされたようだ。スペインにいる友人は、ペソにくらべて円の使い出がなくなったと話していたから、日常の生活物資の価格もかなり上昇したのだと思う。しかし、同時に、EUの支援によって雇用の促進もはかられている。
・支援には「経済発展の遅れた地域の社会資本整備や雇用促進のための『構造基金』や環境改善、欧州を横断する鉄道や道路整備のための『結束基金』と共通農業政策からの農業補助金」がある。スペインを旅行したときに驚いたのはアンダルシア地方に延々と続くオリーブ畑だったが、それにも「農業補助金」が使われているということだった。
・このようにEUは、単一や共通を目指す一方で、地域の独自性を尊重する方向も強調する。たとえば、EUで使われる公用語は20あり、会議の通訳や公文書の翻訳にかかる費用は莫大なものになっているという。しかし、それぞれの文化の尊重という姿勢は、国の枠ではおさまらない。それは、出発点に国よりさらに小さい地域をおく動きを促進させてもいる。スペインにおけるバスクやカタルーニャ、フランスにおけるブルゴーニュ、そしてイギリスにおけるスコットランドやウェールズなど、自治権や独立を志向する地域は少なくないし、これから加盟を希望する国には旧ユーゴスラビヤの解体によってできた国々がある。
・多様さの問題はそれだけではない。旧植民地から移住してきた人たちがフランスで大きなデモ騒ぎを引き起こしたといった事態もある。実際ヨーロッパの大きな都市を歩くと、その肌の色や身につける衣装の多様さに驚かされる。彼や彼女たちの職業、福祉、あるいは言語や生活習慣をどうするのかといったことが、多くの国で切迫した問題となっている。
・EUは基本的には一体化することで、アメリカに対抗する強国を目指すものである。だから、うまくいけば世界を動かす二大勢力になる。しかし、それはどこまで広げるのか境界線が問題だし、周辺の国には新たな脅威ともなりかねない。EUにはトルコも加盟を希望している。トルコはイスラム教の国だが、欧州という境界線を理由に排除すれば、他のイスラム諸国との軋轢は一層強まるかもしれない。けれども、トルコを取りこめば、その範囲はトルコだけではすまなくなる。

journal1-102-2.jpg・柄谷行人の『世界共和国へ』はカントの「神の国」をあげ、「諸国家がその主権を譲渡することによって成立する世界共和国」という発想が重要だという。具体的には「各国で軍事的主権を徐々に国際連合に譲渡するように働きかけ、それによって国際連合を強化・再編成するということ」だ。実際日本は憲法によって戦争を放棄しているが、それは軍事的主権を国連に譲渡しているのである。
・このような発想は日本の憲法がそうであるように、理想主義的だと簡単に片づけられそうである。しかし、政治や経済や文化のグローバル化が、現実には国を超えた一層の緊密な関係やつながりを必要としていることを考えれば、夢ではなく現実に作るべき道筋として理解すべきものだと思う。世界各地でくりかえされるテロや紛争、そして戦争をなくすために、資源の利用や環境破壊について全地球的に対処するために、先進国と最貧国との間にあるはなはだしい経済格差を是正するために障害となっているのは、なにより国家という枠組みと資本制の経済なのである。
・国家はその外部との関係で存在する。だから、その内部から棄てることはできないが、内(下)と外(上)の力を合わせることによってなくすことができる。柄谷はEUをあまり評価しないが、2冊をあわせて読んで、今、EUで起こりつつあることはEU内に限定すれば、彼の展望に近いことなのではないかという印象を持った。だから、国家を超える大きな枠組みが世界中にいくつかできて、それらがさらに大きな地球全体を覆う枠組みに参加できたらどうだろうか。
・もちろん、それがきわめてむずかしい、やっかいなプロセスであることはいうまでもない。しかし、世界の現状を見たときに、人間が生きのびる道はそれしかない。絶望せずに希望を持って。そんな読後感をもった2冊である。

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2006年05月29日 23:58に投稿されたエントリーのページです。

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