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追悼!小田実

『何でも見てやろう』講談社文庫

oda1.jpg・小田実が死んだ。ぼくは彼を個人的に知っているわけではないが、その報に接して思いだすことがいろいろあった。彼はベトナム戦争に異議申し立てをした「ベ平連」のリーダーで作家だが、ぼくにとっては、まず、『何でも見てやろう』との出会いが強烈だった。読んだのは高校生の時だったと思う。もう40年も前の話だ。
・世界中を貧乏旅行をして回る若者たちは、今ではさほど珍しい存在ではない。そのためのガイドブックや旅行記がいくつも出ているし、ネットという情報ルートもある。けれども、ぼくが『何でも見てやろう』を読んだ時代には、外国へ行くこと自体が特別の出来事だった。しかも、ぼくが読んだのは、この本が書かれてから10年近くたった時だったから、出版時の衝撃は、もっと強いものだっただろうと思う。当然、ベストセラーになった。

・彼が死んだことを聞いて、その『何でも見てやろう』をあらためて読みなおしてみた。その行動力やタフネスさには今さらながらに驚くが、一人の若者の目を通して眺められ、体験された第2次大戦後10年ほどたった世界の状況がきわめて新鮮なものとして感じられた。
・アメリカの50年代は戦後の好景気に沸き、豊かな暮らしが大衆レベルにまで行き渡るようになった時代である。ぼくはそのことをD.ハルバースタムの『ザ・フィフティーズ』で認識したが、同様の様子が、日本人の目を通して見えてくることに興味を覚えた。彼がとまどい、考えるのは、たとえば黒人の公民権運動そのものよりも、それに対する日本人の立場の曖昧さといった点だ。つまり日本人は、白か黒かにはっきりと区別されたトイレやホテルやレストランのどちらにはいるのか迷ってしまったということだ。しかし、彼はその二重性を逆手にとって、旅をいっそう豊かなものにもしている。白人が行けない場所に行き、また、黒人が行けない場所にも行く。小田が経験したアメリカ社会は、肌の色ではっきりと区別された二つの世界を自由に往還することによって、きわめてユニークなものになっている。
・同様のことは、ニューヨークのグリニッジヴィレッジで出会うビート族にもいえる。50年代はアメリカ人の多くがおなじような家に住み、おなじようなしごとをし、おなじようなものを食べ、おなじような遊びをするようになった時代だが、ビート族はその「画一主義」を拒絶して、貧乏生活に興じて、自前の快楽を模索した。小田は、ビート族の若者と大勢知り合いになる。しかし、彼はそのような行動に共感よりは違和感をもち、彼や彼女らを「さびしい逃亡者」といい、「甘えん坊のトッチャン小僧」と批判する。日本人である彼にとってはアメリカの豊かさは、反感よりは驚きであり、憧れのようにも感じられたからである。
・フルブライト留学生として渡米した小田は帰国の際にヨーロッパからアジアを貧乏旅行している。その各国の様子も、今とはずいぶん違っていておもしろい。しかも、徹底した貧乏旅行だから、どこに行っても、その最底辺の生活を覗いているし、インテリだから、中流の知識人とも沢山出会っている。

・ぼくは浪人中に代ゼミで小田実の授業を受けている。とはいえ、彼が出てくることはめったになく、いつも旅行中で、小中陽太郎が代講していた。たまに授業があるとベトナムの話で、ぼくは受験勉強そっちのけで彼の『義務としての旅』などを読み、そのほか、政治や思想や哲学の本を読むようになった。
・小田実は、その後も精力的に行動し、本を書いたけれども、ぼくは『世直しの倫理と論理』以外には読んでいない。そういう意味では、彼の考えや行動にそれほど強い影響を受けたとはいえないかもしれない。けれども、『何でも見てやろう』を読みなおすと、そこには、ぼくが今でもかわらずに持ちつづけている関心が随所にちりばめられていて、ぼくの出発点にいた重要な人物の一人であったことが、あらためて実感される。もちろん、今、若い人たちが読んでも、十分に新鮮で教えられることが多い本だと思う。

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2007年08月13日 07:58に投稿されたエントリーのページです。

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