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幸福について

エリック・ワイナー『世界しあわせ紀行』早川書房
ジグムント・バウマン『幸福論』作品社

・「レジャー」をテーマにした本の出版のために勉強を始めている。10名ほどの人たちとの共同作業なのだが、編者として、この夏休み中に本の骨子を示す序文を書かなければならない。さて、「レジャー」について考えるときに解き口となるキーワードは何か。そんなことを考えていて、「幸福」と名のついた本が、最近目につくことに気がついた。

happiness1.jpg ・エリック・ワイナーの『世界しあわせ紀行』は幸福度が高いと言われる国を旅して、その実態に触れようとした紀行文である。訪ねたのはオランダ、スイス、ブータン、カタール、アイスランド、モルドバ、タイ、イギリス、インドの9カ国で、最後が自国のアメリカになっている。幸福とかしあわせという判断には客観的な尺度があるわけではない。お金やモノでは計れないし、忙しいとか暇で推測できるものでもない。あるいは、幸福感は一瞬自覚することもあれば、持続的に持つこともある。人とのつきあいの多少だって、必ずしも幸福度のバロメーターになるわけではない。

・そんな話に終始した内容なのだが、一つだけ大事な指摘があって、なるほどと思った。それは「嫉妬心」で、たとえば「スイス人は他人の嫉妬を買わないためならどんな努力もいとわないから幸せなのだ」という話を聞き出している。経済的な格差はスイスにだってもちろんある。しかしそれを見せびらかしたりひけらかしたりしないことを心がける。それはアメリカ人の態度と正反対だが、ここにはもちろん、労働に対する賃金を高く設定して不平等感を抑えるという政策もある。

・嫉妬心はアイスランドでもまた話題になっているが、アイスランド人の対処法は「分かち合うことによって嫉妬心そのものを消してしまう」ことだと言う。競争(compete)の語源はラテン語の「コンペトレ」だが、その意味は競うことではなく「ともに探求する」ことにある。助けあい協力し合って成果を生み出すことに価値を見いだせば、成果を独り占めにすることもできなくなる。それは「オープン・ソース」の発想で、コンピュータはもちろん、芸術や文学の新しい運動が起こったときには、必ず見られる現象でもあった。アイスランドには人口に比して芸術家や作家の数が多いようだ。

happiness2.jpg ・ジグムント・バウマンの『幸福論』は消費社会の進行と、社会の液状化、それに伴う貧富の拡大や将来の予測の不可能性といった、彼がこれまで指摘してきた現代社会の分析をもとにして、「幸福とは何か」を問う内容になっている。


・近代は、幸福を追い求めることを普遍的な人間の権利として宣言することから本格的に始まったと考えられている。また、近代は、すべての生活様式が昔より発展していくことを前提にし、今まで以上に役立つことを目指し、さらに骨が折れることや面倒なことを減らすことを追求してきたと考えられている。(p.11)

・生活を豊かにするためにモノやサービスを買う。この流れはもはや止めることができないどころか、ますます加速するばかりである。そしてバウマンは、現代人の不幸をこの流れの中に見つけている。消費社会は必然的に、競争心を煽り、羨望や嫉妬といった感情を消費欲求の源泉にしてきたのだし、市場主義は万人の幸福よりは貧富の格差を広げる結果をもたらしてきたからだ。それはワイナーがスイスやアイスランドで見聞きしたしあわせのための処世術とは正反対のものである。

・現代人にとって幸福は、ほんの一時的にもたらされる感情でしかないし、また他人との比較の上で絶えず実感しなければならないものである。安定を願いながら、その状態を不満や退屈の源泉として感じてしまうこと、他者との関係を重視し、孤立を忌避しながら、同時に絶えず、他者との間に羨望や嫉妬、優越や差別の感情を持ち込んでしまうこと等々。経済的な豊かさがもたらす幸福と不幸、医療と長寿がもたらすしあわせと不幸せ、多様なコミュニケーションによって経験する充実感と煩わしさ等々。それはまさにバウマンが指摘する「リキッド・モダンのジレンマ」に他ならない。この本の原題は「生活の技法」(The art of life)である。それが時流に乗っていたのでは身につかないし達成されない技法であることはいうまでもない。

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2013年08月19日 04:15に投稿されたエントリーのページです。

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