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ロバート・D.パットナム『われらの子ども』 (創元社)

putnam2.jpg・ロバート・D.パットナムは『孤独なボウリング』の著者として知られている。アメリカは個人主義の国だが、同時にたがいに助け合うことをよしとする「一般的互酬の原則」を大事にしてきた国でもある。しかし、パットナムは「その「互酬のシステム」の衰退に注目し、「孤独なボウリング」を社会関係の希薄化を象徴するものとした。

・その本から10年経って、彼の新作が翻訳された。『われらの子ども 米国における機会格差の拡大』という題名だが、原題の副題は「アメリカンドリームの危機」である。アメリカでは「オキュパイ運動」に代表されるように、富の格差が極端に広がっている。この種の格差はアメリカではこれまで容認されてきたものだが、しかしそこには同時に、チャンスや機会は誰にでも平等に与えられるべきだというルールもあった。だからやる気と能力があって成功した者は、妬みよりは憧れの対象として扱われてきた。

・パットナムが『われらの子ども』で指摘するのは、訳書の副題になっているように「機会格差の拡大」という傾向である。つまり、裕福な家庭に生まれた子どもは人間関係や教育において恵まれた育ち方をして、親以上の社会的移動を達成する可能性を持つが、貧しい家に生まれた子どもは教育や人間関係はもちろん、家庭崩壊や犯罪に直面して、底辺に居つづけざるを得ない場合が多いということである。

・このような格差はもちろん、以前からあったものだ。しかし、それは主に肌の色の違いによるもので、現在では黒人やその他の人種や民族でも、上方への社会移動を達成した者はたくさんいるし、女たちの社会参加も当たり前になっている。だから「機会格差」は人種間や性別間ではなく、それぞれの中に現れているである。

・この本では、公にされたさまざまな調査結果だけでなく、オハイオ州のポートクリントン、オレゴン州ベンド、ジョージア州アトランタ、カリフォルニア州オレンジ郡、そしてペンシルベニア州のフィラデルフィアでの聞き取り調査を通してさまざまな格差の実態を明らかにしている。ポートクリントンはパットナム自身の故郷だが、そこはまた昨年の大統領選挙で話題になった「ラストベルト」に含まれている。


・経済学者マーサ・ベイリーとスーザン・ダイナスキーは1980年頃に大学に入学した者と、20年後のそれを比較している。前者の世代では、所得分布でもっとも裕福な四分の一の出身の子どもの58%が大学に進学したが、対してもっとも貧しい四分の一の子どもは19%だった。世紀の終わりには、これらの数字はそれぞれ80%と29%になっていた。(pp.207-208)

・第二次大戦後のアメリカは白人を中心に、それ以前よりは経済的に豊かな暮らしができるようになった。家庭生活についても、学校教育についても、格差は少なかった。70年代になると、公民権運動やフェミニズムによって肌の色の違いや性による差別や格差も是正された。しかし80年代から以降は経済格差が広がりはじめ、21世紀になると、その傾向が急速に拡大するようになった。

・しかし、この問題が深刻なのは、将来的には状況がさらに悪化するという点にある。つまり現在の子どもたちが大人になり、仕事について家庭を持つ頃には、機会の不平等によって格差がさらに大きくなるからである。それはアメリカ社会を支えてきた「一般的互酬の原則」という柱が壊れてしまうことを意味している。能力があり、やる気があっても、一部の最上位層の家庭に生まれた子どもしか夢を実現できない。それはもはやアメリカではない。

・このような状況を改めるにはどうしたらいいのか。そのためにはこの本が詳細に指摘しているように、経済的格差、家庭環境、人間関係、コミュニティ、学校教育など多岐にわたる改善が不可欠だ。それはとても困難だが、やらなければならないことでもある。しかし、没落した白人たちが選んだトランプ大統領は、この格差をさらに大きなものにする方向に舵を切ろうとしている。もちろん日本だって、同じような傾向に落ち込んでいて、それを改善させようとする動きなどは皆無だ。「機会の格差」の結果が出るのは20〜30年後になるのだが、そんな先のことを考える政治家はアメリカにも日本にもほとんどいない。

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2017年07月17日 06:18に投稿されたエントリーのページです。

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