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ジャック・ロンドンを読んでいる

『どん底の人びと』(岩波文庫)
『ジャック・ロンドン放浪記』(小学館)
『火を熾す』(スイッチ・パブリッシング)

jacklondon1.jpg・ジャック・ロンドンを最初に読んだのは『どん底の人びと』だった。20世紀初めのロンドンのイースト・エンドに入り込んで、そこで労働者や浮浪者と生活を共にする。陰りが見えたとは言え、大英帝国の首都にかくもひどい貧民窟があるということを、若いアメリカ人が体験的にレポートしたものだった。僕はこの本を2006年に取りあげている。バーバラ・エーレンライクの『ニッケル・アンド・ダイムド』(東洋経済新報社)を書評した時に、「下層の暮らしをルポする手法」と題して、ジョージ・オーウェルの『パリ・ロンドンどん底生活』(晶文社)と一緒に紹介した。オーウェルの体験的なエッセイは70年代に読んで、ずい分影響を受けたが、オーウェルにとって手本になったのがロンドンの『どん底の人びと』だったことは、それまで知らなかった。で、ジャック・ロンドンの外の作品に興味を持ったのだが、数冊買っただけで、読まずに放っておいて、ほとんど忘れてしまっていた。

・次にジャック・ロンドンを思い出したのは、柴田元幸が翻訳した『火を熾す』を見つけた時だった。彼はアメリカ人の作家で一番好きなポール・オースターのほとんどの作品を訳していたから、ぜひ読んでみたいと思って購入したが、すぐに読まないうちに忘れてしまっていた。実はそれ以前に『白い牙』や『ジャック・ロンドン幻想短編傑作集』も買ってあったのである。で、まとめて読むことにした。

jacklondon2.jpg・ジャック・ロンドンはサンフランシスコの下町に生まれ、貧しい家を助けて幼い頃から仕事をしたり泥棒をしたりして成長した。アザラシ狩り船の水夫をしたり、ホーボーになってアメリカ北部やカナダを放浪した。『ジャック・ロンドン放浪記』は、鉄道をただ乗りし、物乞いをし、盗みまでやったその仕方を詳細に書いている。あるいはホーボーであるという理由だけで収監された刑務所での生活についても、その描写は具体的だ。
・ホーボーは鉄道をただ乗りして旅する人だ。冒険心に溢れ、自由に憧れる多くの若者たちを虜にした。その姿はウッディ・ガスリーを初めとしたフォーク・シンガーに歌われ、映画でもくり返し描かれてきた。この本は、そのホーボーを描いた初めての作品で、ヒーローにするきっかけになったものだと言われている。青年時代の一時期を放浪者として過ごすのは、50年代のビートニクや60年代のヒッピーといった若者文化にも受け継がれ、文学や音樂、あるいは映画などに描かれるアメリカ文化の特徴にもなった。その意味で、ジャック・ロンドンは重要な作家だと改めて思った。

jacklondon4.jpg ・ジャック・ロンドンはまた多くの小説を書いている。『火を熾す』は短編集だが、そこに描かれる世界はどれも、極限状況における人の有り様といったものだ。極寒のアラスカを犬と歩き、徐々に衰弱して死んでいく者。食べるものもない貧しいボクサーが、それでも金を稼ぐためにリングに上がる話。群がるサメに臆せずロブスターをとり続けるハワイの少年の話。透明人間になることを競う二人の友達の間で、そのエスカレートに戸惑いながらつきあう少年の話。あるいは、メキシコの革命軍に資金を提供する若者もまた、賞金稼ぎのボクサーで、打たれても撃たれても倒れず、強い相手を打ちのめす話等々である。
・どの物語も、その状況がすぐ想像できて、引き込まれてしまう。極限状況の中で、人や動物、そして自然現象と命をかけて戦う。その描き方もまた、訳者が書くように、剛速球投手の投げる球そのものである。

つづく

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2018年05月21日 06:26に投稿されたエントリーのページです。

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