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パトリシア・ウォレス『新版インターネットの心理学』 (NTT出版)

wallace1.jpg・この本の旧版は1999年に出版され、日本では2001年9月に翻訳されている。ぼくは2003年1月にこのコラムで紹介した。インターネットが一般に使えるようになったのは1995年だから、ごく初期の利用者に見られた特徴を描き出そうとしたものだった。それが同じ著者による改訂版として出版された。翻訳を2冊ともやっているのは川浦康至だが、彼はぼくとは大学の同僚で、一昨年一緒に退職した仲である。退職と同時に遊んでばかりいるぼくとは違って、彼は500ページにもなるこの本を翻訳した。しかも贈っていただいたからには何はともあれ紹介しなければならない。で、がんばって読んでみた。

・前作でぼくが注目したのは、「インターネットのリヴァイアサン」と「集団成極化」だった。「リヴァイアサン」はトマス・ホッブスが国家について使った概念で、人間がたがいに争い合うことを避けるために各自が持つ「自然権」を国家(リヴァイアサン)に譲渡すべきだとしたものである。国境がなく世界中の誰もが参加できるネットの世界には、そこを統治する権力は存在しなかった。だから参加者たちは、やりたい放題ではなく、その場が機能するようにルールを決め、エチケットを心がけることが前提にされ、「ネチケット」とか「ネチズン」といった言葉が使われた。

・しかし、インターネットが急速に進化すると、多様な場にいろいろな人たちが接触するようになり、誹謗中傷や暴言が飛び交うことが問題にもされた。前作が主なテーマにしたのは直接接触の場とインターネットにおける、自己呈示の仕方の違い、他者との関係の持ち方の違いと、それによってもたらされた、世界の出現であった。ネットへの参加は何より「匿名」であることが一般的で、それが直接接触の場ではできないことを可能にした。またネットは同じ意見や趣味を持つ者との接触を容易にした。そうやってできた似た者同士の集団は、極端に走りやすい特徴を持った。ウォレスはそれを「集団成極化」と名づけた。

・『新版インターネットの心理学』の原著 は2016年に出版されている。だから前作からは17年後の改訂版である。インターネットはこの17年の間に大きく変わり、まったく別物になったといってもいい。何より利用者の数が桁違いだし、利用の仕方も多種多様になった。スマホの登場によって人びとの日常生活に深く入り込み、なくてはならないものになったし、世の中を大きく動かす手段としても使われるようになった。だからこの本で扱う事例も複雑で多様だが、しかし、基本的な所では案外共通しているとも思った。

・たとえばそれは目次を見ればよくわかる。章構成は第一章の「心理学から見るインターネット」から始まって、「あなたのオンライン性格」「インターネットの集団力学」「オンライン攻撃の心理学」「ネットにおける好意と恋愛」と続くが、これは旧版とほとんど一緒である。違いは旧版ではインターネットとポルノの問題が独立していたが、新版ではジェンダー問題と合わせて「ネットにおけるジェンダー問題とセクシャリティ」になった。反対に新版で新たに加わったのは「オンラインゲーム行動の心理学」と「子どもの発達とインターネット」、そして「オンラインプライバシーと監視の心理学」だ。

・もちろん、旧版と似た章構成の部分も、中身はほとんど変わっている。ネットでの自己呈示は文字が中心だった段階から画像が容易に使えるようになり、音声や動画も当たり前になった。フェイスブックやツイッター、インスタグラムやユーチューブなど、利用できる場は無数にある。当然、そこでの自分の「印象管理」も複雑で多様になるわけで、その細かなケースを豊富な先行研究を紹介することで検討している。同様の方法はネットにおける個人や集団間にあらわれる友情や恋愛、手助けや協力、そして妨害や攻撃を扱う章にも通じている。

・人生の途中でインターネットに出会った「デジタル移民」と違って、現在では生まれた時からインターネットが身近にある「デジタル世代」が、すでに成人に達しようとしている。実社会とは違うもう一つの世界として認識するのではなく、両者が混在一体となっていることを当たり前に思う感覚は、「デジタル移民」には持てない感覚だろう。

・インターネットは「移民」の一人としてぼくも便利に使っていて、もはやなくてはならないものになっている。便利だが、言動のことごとくをチェックされ監視されているのを自覚することも少なくない。その意味で、ネットにまつわるさまざまな問題と事例を検証しているこの本は、人間個人から関係、そして社会に及ぶ問題を視野においている。だから、一気に読むだけでなく、時に応じて気づいたことを辞書のように確認するにも使えるものだと思う。

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2019年01月28日 07:00に投稿されたエントリーのページです。

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