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黒川創『鶴見俊輔伝』(新潮社)

tsurumi2.jpg・鶴見俊輔は2015年に93歳で亡くなった。『鶴見俊輔伝』はその3年後に出版されている。著者の黒川創は幼い頃から鶴見俊輔と親交があって、小学生の時から時折『思想の科学』に文章を書き、大学を出るとすぐに評論活動を開始し、小説も書いたりして、多くの著作を出してきた。この本にも書かれているが、彼が初めて『思想の科学』の特集号の編集を任された時に、ぼくは彼のインタビューを受けている。彼は大学生で、特集号のタイトルも「大学生にとって大学生は何か」というものだった。ぼくを推薦したのは鶴見俊輔だったようだ。

・『鶴見俊輔伝』はその生い立ちから亡くなるまでを丹念に追った伝記である。ここに描かれた多くのことは、すでに本人によっても他者によっても書かれたことが多い。しかし、鶴見俊輔という人間の一生をこれほどまでに描写できるのは、著者の力量はもちろん、二人の関係の近さや濃さがあってこそだと思いながら読んだ。寝床で読んで、久しぶりに目がさえて眠れなくなってしまった一冊である。

・鶴見俊輔は後藤新平の孫、鶴見祐輔の長男である。そんな家系と母親の厳しい躾に逆らって不良少年になり、中学をいくつも退学になってアメリカに留学せざるをえなくなった。しかし、そのアメリカでは、わずか1年の高校生活の後ハーバード大学に16歳で入学し、二年半の在籍でまだ10代のうちに卒業を認められている。日米の開戦によって卒業論文を書いたのは留置場の中で、日米交換船でアフリカ回りで日本に帰国した。海軍軍属にドイツ語通訳として志願してジャワ島に赴任し2年務めた後、体調を崩して帰国し敗戦を迎えている。

・戦後になるとすぐに姉の鶴見和子や都留重人、武谷三男、丸山真男、渡辺慧などとともに「思想の科学研究会」を創り『思想の科学』を刊行した。この雑誌は出版元を代えて何度も休止と再会をくり返し、1996年に休刊されたが、鶴見がずっと中心にいたのは変わらなかった。鶴見はこの間、京都大学、東京工業大学、同志社大学で教職に就いたが、60年安保や70年安保の際に、国や大学に抗議して辞職をしている。

・この本にはぼくの知人が何人も登場してくる。多くは京都ベ平連に関わった人たちだ。ベ平連はアメリカ軍が北ベトナムに爆撃を始めたことをきっかけに生まれた運動である。60年安保をきっかけに生まれた「声なき声の会」が母体で、代表は小田実になったが、仕掛け人は鶴見俊輔だった。この運動体の中核は東京に置かれたが、京都にいた鶴見を中心に京都ベ平連が作られた。東京に比べれば規模も小さく地味だったが、定例デモを行い、また米軍からの脱走兵を匿い、国外へ出国させる手助けをした。あるいは岩国基地の前に反戦喫茶「ほびっと」を作り、ベトナム戦争の不当さを米兵に訴えることもした。

・ぼくが京都に住むようになったのはベトナム戦争が終結した1973年で、ベ平連もその年に解散した。だからベ平連としての活動に参加する機会はなかったが、できて間もない「ほんやら洞」などで、多くの人たちと知り合うようになった。この本には、ベ平連などに多くの若者を巻き込んで、その人生を変えてしまったことに対して、ずっと責任を感じつづけてきたという鶴見のことばがくり返し出てくる。しかし、運動に参加することでできた人間関係は、その後もずっと持続しているし、それぞれに納得のいく人生を歩んできている人がほとんどではないかと思う。

・鶴見俊輔の晩年は病気との格闘だったようだ。しかし、それでも、彼の創作意欲は盛んで、いくつもの著作を残している。そしてそれを支えてきたのが、本書の著者である黒川創や、京都ベ平連からのつきあいであった人たちだったことを改めて知った。ぼくは部外者だが、この本から一番感じ取ったのは、鶴見俊輔という一人の巨人の回りに集まった人たちの人生模様だった。


鶴見俊輔関連ページ
「『鶴見俊輔座談全10巻』(晶文社)」1996年12月

「鶴見俊輔『期待と回想』(晶文社)」1998年1月

「僕らの時代の青春の記録」1998年6月

「鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書)」2010年7月

「京都「ほんやら洞」が燃えてしまった!」2015年1月

「樽の中に閉じこもる!」2019年4月


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2019年04月21日 09:03に投稿されたエントリーのページです。

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