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奄美大島について

永田浩三『奄美の奇跡』(WAVE出版)
島尾敏雄『島の果て』(集英社文庫)
南日本新聞社編『アダンの画帖』(小学館)

・2月に奄美大島と屋久島に出かける予定にしている。厳寒期に暖かい所で過ごし始めて3年目になる。一昨年は四国、昨年は九州で、今年は南の島へということにした。沖縄には本島だけでなく、石垣島、宮古島、そして西表島にも行っている。だから奄美と屋久島にしたのだが、奄美については、田中一村と島尾敏雄、それに大島紬ぐらいしか思い浮かばなかった。しかも島尾敏雄の作品は読んだことがなかったし、田中一村の作品もアカショウビンを描いたものしか知らなかった。だから出かける前に予備知識を少しでも入れておこうと年末から読み始めた。

amami1.jpg ・奄美の島々は敗戦後にアメリカの統治下となった。そして沖縄よりも早く返還されている。しかし、ぼくはこのことをすっかり忘れていた。永田浩三の『奄美の奇跡』は島の人びとが戦った返還の過程を記録したものである。奄美群島は1953年12月に日本に返還されている。だから占領されていたのは8年ほどだが、復興資金が沖縄に集中され、特産物の大島紬や黒糖も日本に出荷することができなかったから、経済は疲弊し、食料も困窮して、飢餓状態になることさえあった。本土との行き来も密航という手段に頼るしかなかったのである。だから返還の運動は占領直後から起こり、アメリカ軍の締め付けにもかかわらず、しぶとくつづけられた。
・返還を要求する署名は島民の99.8%になり、くり返しハンガーストライキが行われた。米軍政府は反共を掲げて政治活動を厳しく取り締まったが、返還を願う島民の思いを行動に結びつけるうえで、共産党の働きは大きかったようだ。もっとも、返還が実現に向けて動きだすと、米軍政府に正面から立ち向かい、沖縄の返還と連携しようとする勢力は排除されることにもなった。この本を読むと、返還運動を支えた数名の人と、その人に影響され、また支えた多くの人たちの思いや動きがよくわかる。

amami2.jpg ・島尾敏雄は奄美大島の南にある加計呂麻島で180名ほどの部隊を率いる特攻隊指揮官として2年近く過ごしている。米軍の船舶に体当たりする魚雷艇部隊だが、敗戦まで出撃の命令は下されなかった。『島の果て』は加計呂麻島での経験をつづったいくつかの短編を集めたものである。書かれたのは「島の果て」の1948年から「その夏の今は」の1967年まで20年に渡っている。もちろん、ほかにも作品はあって、島尾にとって加計呂麻での戦争体験がいくら書いても尽きないテーマだった。
・『島の果て』には戦闘場面はない。出撃命令に備えながら、島を散策したり、島の女と恋に落ちて逢い引きを重ねたりしながら、島の様子を描写し、自分の心持ちを語る。死を覚悟し、アメリカの軍艦に突撃する準備を整えながら、何も起こらない島で、時間を潰す。自殺艇はベニヤ製で舳先に200kgを超える爆薬を積んでいる。海岸に掘った洞窟に隠していて、湿気に錆がついたりもしている。そんな艇で軍艦に突っ込むのが、なんともお粗末な行動であることを承知しながら、部隊の長としては、そんなことはおくびにも出せない。そんなことについての自問自答や、部下に対する振る舞いや、その反応などが繰り返し語られる。

amami3.jpg ・『アダンの画帖』は田中一村の伝記だ。才能に恵まれ東京美術学校に進学するが病で退学をする。そこから画壇からは退いて独自な生き方をした。そんな清貧を貫いた画家の物語である。一村が奄美に移り住んだのは、返還後5年経った1958年であった。最初は南東だけでなく、北海道などにも行き、スケッチをして回る旅の予定だったが、そのまま奄美大島に移住することにした。この頃にはまだ、傑作をものにして画壇を驚かせようといった野心もあったようだ。
・絵を描くため、生活費を稼ぐために見つけた仕事は、大島紬の染色工だった。5年働いてお金を貯め、3年間絵に集中する。そんな計画を立てて、その通り実践した。それが終わるとまた染色工の仕事についた。しかし貧困生活の中で体調を壊し、売る気のなかった絵を売ろうと思ったが、当てにした人からは返事がなかった。地元で絵に感銘を受け、買ってくれる人もいたが、田中一村とその作品が広く知られるようになったきっかけは、死後2年経って奄美で開かれた遺作展と、さらに5年後にNHK教育テレビの『日曜美術館』で「黒潮の画譜」として紹介された後だった。

・奄美に行って、さてどこに行こう、何を見ようと思っていたが、これで行きたいところ、見たいものがはっきりした。もちろん、まだ時間があるから、もっと探してみようと思っている。

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2020年01月13日 06:36に投稿されたエントリーのページです。

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