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斉藤幸平『人新世の「資本論」』ほか

斉藤幸平『人新世の「資本論」』(集英社新書)
斉藤幸平編『未来への大分岐』(集英社新書)

・「人新世」は「じんしんせい」と読む。"Anthropocene"の訳で、地球に人類が登場し、地質や生態系、そして大気などに影響を及ぼし始めた以後の時代の呼び名である。古くは農耕革命以降をさすが、産業革命以後や、20世紀の後半以降をさす場合もある。地球環境の劇的変動は20世紀後半以後のことだから、ここに注目して取りざたされることが多いことばであるようだ。

saito1.jpg ・『人新世の「資本論」』は、この20世紀の後半から深刻になりはじめた環境問題、とりわけ二酸化炭素による温暖化を食い止める策として、資本主義そのものを捨てることを主張し、その理論的根拠としてマルクスの資本論を読み直したものである。著者の斉藤幸平はまだ若い研究者だが、一読して、優れた人がでてきたものだと感心した。

・資本主義はイギリスにおける「囲い込み運動」に端を発し、産業革命によって本格化した経済の仕組みである。つまり、羊を飼う農場を作るために地主に追い出された小作農が、都市に移り住んで工場などの労働者になったところから出発したものである。そこには本質的に、労働力を安価なものにすることで、資本を蓄積するという仕組みがあった。マルクスの資本論は、その資本家による労働者からの搾取を批判し、労働者の抵抗や運動のバイブルになった。ソ連や中国などのマルクス主義に基づく国が生まれたし、労働者の権利や福祉を重視する国もできた。

・20世紀の後半は、先進国では貧富の格差が縮まることを政策的な目標にして、経済的、物質的な豊かさと福祉制度が行き渡ることをめざした。しかし、国家の財政がうまくいかなくなり、グローバリズムや新自由主義的な考えが幅を利かすようになると、資本主義は、一部の資本家を際限なく豊かにし、莫大な数の貧民を作るようになった。また大量のモノの生産と廃棄、資源の浪費、人やモノの移動、海や大気の汚染、そして排出されたCO2がもたらす温暖化等々ももたらした。このままではそう遠くない未来に、地球は人間をはじめ、生物が生きにくい世界になることが明らかになった。この本で説かれる現状分析は、決して新しいものではないが、うまく整理されていて説得力がある。

・斉藤は、この危機を乗り越える方策は、マルクスに帰って資本主義を捨てることしかないと言う。資本主義は本質的に人を強欲にして、資本を独り占めにさせようとするものだから、いくら成長しても、すべての人が豊かで幸福な人生を過ごすことなどできないシステムである。21世紀になって、その本性が露骨に現れてきた。しかも、成長し続けなけれ生き残れない資本主義には、地球環境の危機を乗り越える術も、姿勢もないのである。著者が主張するこの危機を乗り越えるための方策は、「コモン」から新しい「コミュニズム」へという道である。

saito2.jpg ・『未来への大分岐』は、著者と考えを共有する人たち三人との対談をまとめたものである。アントニオ・ネグリとの共著『帝国』(以文社)で知られるマイケル・ハートは、社会的富を民主的に共有して管理する「コモン」から出発して新しい「コミュニズム」に至る道を提唱する。『なぜ世界は存在しないのか』(講談社)の著者であるマルクス・ガブリエルは、「ポスト真実」や「フェイク」で混乱する世界に「新実在論」を掲げて注目されている哲学者である。そしてポール・メイソンは、『ポストキャピタリズム』(東洋経済新報社)で、デジタル技術が資本主義を凋落させて、より自由で平等な社会をもたらす可能性がある反面、デジタル封建主義を作り出す危険性を指摘する。

・この本を読むと、現在が未来に作り出される世界の分岐点にいることがよくわかる。そこでさまざまな可能性に触れ、そこに向かう動きが既に起きていることも指摘されている。ちょっと安心したくなる気にもなるが、しかし、そうなるにはまた、大きな障害が無数に存在していることにも気づいてしまう。マルクスの有名な「大洪水よ、我が亡き後に来たれ」は、現在の「今だけ、金だけ、自分だけ」という風潮を予見するものだが、また人間の本質に根ざした変わらない特徴のようにも思われる。だからこその「脱資本主義」だが、一体どこから、どんなふうにして、その動きが起こるのだろうか。何より日本では、他の先進国で若者たちを中心に動きはじめた格差や人種差別や温暖化などについて、あまりに無関心すぎるのである。

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2021年01月18日 07:07に投稿されたエントリーのページです。

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