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美瑛町から越後妻有へ

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 今年は,8月末に越後妻有トリエンナーレの見学を目的にしたゼミ合宿を行ない,9月上旬には,ゼミ生有志とともに北海道美瑛町の自然の家へ。美瑛町は,絵に描いたような北海道が実感できる,耕地がうねうねと続く美しい丘の町だが,自然の家がある二股地区は,ちょうど,丘に挟まれた谷間にあたる。廃校になった小学校を再利用した宿舎は,まだまだ立派な建物。なのだけど,過疎化は進行しているということか。
 この自然の家の中には,学校時代の名残や記念品がいっぱいあるのだけど,そこで目に留まったのが,模造紙?に描かれた,このエリアの「大きな地図」。2種類あって,どちらも,フリーハンドで道路を描いて,その線の両脇に,世帯名が入ったネームカードが貼り付けてあるという代物。正確な制作年は覚えてないが,やはり,古い方が,より多くの世帯名が入っていた。比較的簡単な地図なんだけど,自らの地域を再認識するためか,しっかりガラス張りのウィンドウの中に保存されている。
 そもそも,自然の家にやってきたのには,物見遊山の気分も多分にあるのだけど,この美瑛町で我々アート系?ゼミが活動できる分野はないか,という考えもあってのこと。それで,この地図作成というリサーチ活動に注目した。
 すでに,地図作成系のアート&リサーチ活動としては,北九州のgallery SOAPを中心に,毛利嘉孝と宮川敬一らsecond planetが行なっているRE/MAP Projectが知られている。地域の地図作成というのは,まさに,小学校の授業などで経験済みかも知れないけれど,そうした行為は,地域の社会関係や歴史などを再認識する,もしくは,再構成する出発点となる可能性はありそうだ。
 それで思い出したのは,先月見てきた越後妻有トリエンナーレ。震災を経た今回は,地域の特産品を企画して,そのプランを民家の中で展示したり,その記憶を探るかのように,地域の皆さんの所蔵写真を集めて見せたりと,そんな作品が多かったが,どうも,なかなか地域の社会関係が見えてこない,その場限りの企画,という印象の展示が多かった。建築やアート系大学・専門学校の専攻や研究室単位での参加も多く,それなりに組織的な活動ができたはずだろうに。まあ,結果を語るんだったら,せめて3年後に,ってことか。

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2006年09月29日 09:59に投稿されたエントリーのページです。

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