わ行

※わかやま さぶろう※

◎若山三郎 『菓商 小説 森永太一郎』 徳間文庫、1997年

◆森永製菓の創設者の生涯を描いた伝記小説。肥前(現・佐賀県)伊万里の豪商の家に生まれたが、幼くして父を亡くした太一郎は、辛酸をなめ、行商から人生をサタートさせる。のちに横浜に出て結婚し、ひょんなことから単身で渡米。そこで洋菓子と出会う。また、クリスチャンに改宗する。そして、試行錯誤の末、広告を巧みに活用しつつ、日本における洋菓子界のパイオニアになる。なお、創業者の伝記小説として、若山が書いた作品には、本書以外にも、大倉財閥を創った大倉喜八郎を素材にした『政商』、セイコーの創設者である服部金太郎を扱った『セイコー王国を築いた男』、浅野財閥を扱った『人われを事業の鬼と呼ぶ』という三つの作品がある。

◎若山三郎 『東武王国 小説 根津嘉一郎』 徳間文庫、1998年

◆東武鉄道を中核とする東武グループ=東武王国の創設者である根津嘉一郎の、81歳の生涯を克明に描いた伝記小説。明治の実業家・政治家との交友関係についても知ることができる。

※わたなべ かずお※

◎渡辺一雄 『女実業家』 徳間文庫、1991年

◆「おへこ」と蔑視された京都・西陣帯の貧しい織り子が、その貧しい素性ゆえに、西陣でも最大の機業店で、しかも人望のある女経営者として活躍するようになっていく物語。昭和から戦後に至る西陣の歴史がよく浮き彫りにされている。

◎渡辺一雄 『会社を喰う』 毎日新聞社、1979年

◆京都に本店を置くローカル・デパートである山城デパートが舞台。百貨店の仕入れ方式、売り上げに占める中元・歳暮などのギフトの圧倒的な高さ(10%以上)、職場の様子、呉服の複雑怪奇な流通機構といったデパート業界の仕組みがよくわかる作品に仕立て上げられている。   

◎渡辺一雄 『華麗なる挑戦 小説ワコール王国』 祥伝社ノン・ポシェット、1994年   

◆下着業界。ワコールの創設者である塚本幸一の半生とワコールの躍進が描かれている。

◎渡辺一雄 『疑惑財務』 徳間文庫、1993年   

◆証券業界。大手証券会社である三宝証券が、赤穂市にある瀬戸内化工に取り入って、その幹事証券会社になる過程が叙述されている。原題は、89年に廣済堂出版から刊行された『巨悪はわらう』。

◎渡辺一雄 『空洞会社』 徳間文庫、1991年

◆百貨店業界。特定のモデルはないが、同族支配を長く続けた、創業350年の伝統を誇る老舗百貨店(大阪の難波に拠点がある)のお家騒動がテーマになっている。

◎渡辺一雄 『極悪商人』 徳間文庫、1996年

◆コンビニ業界。1950年にアメリカで誕生し、74年に日本に上陸したコンビニは、「便利だから」という理由で、瞬く間に成長した。小さなコンビニの中に、外食産業、書店、専門店、郵便局、銀行などが同居しているようなものである。経営的には、事業者(フランチャイザーまたは本部)と事業者(フランチャイジーまたはオーナー)が契約を結び、組織化するフランチャイズ方式が主流となっている(それ以外に、本部の直営店もある)。本書にあるように、なかには悪徳なフランチャイザーが存在することも不思議ではない。POSシステム、「棚割」(どのメーカーの商品をどの棚におくのかという商品の配置)、本部に納入する「チャージ」(ロイヤリティ)、「決算協力金」(「上納金」)、「開発部員」、「スーパーバイザー」、本部の「チャッカー」といったコンビニ用語の解説が盛り込まれている。

◎渡辺一雄 『再建社長』 廣済堂文庫、1999年

◆製薬業界。「メンソレータム」で有名な近江兄弟社(滋賀県近江八幡市に本社がある)の創業の経緯から始まって、同社の発展ぶり、オイル・ショック直後に37億円の負債を抱えて倒産する事情、さらには「メンソレータム」として再建されるプロセスが浮き彫りにされている。なお、近江兄弟社を創設したのは、日本にキリスト教の伝道のためにやってきたアメリカ人、ウイリアム・メリル・ヴォーリスであり、著名な建築家としても知られている。

◎渡辺一雄 『失脚』 徳間文庫、1986年

◆デパート業界。1958年にダイエーが第一号店を開いたとき、スーパーの成長を予見する者は、いなかった。「スーッと現れて、パッと消えるもの」とさえ考えられていた。とりわけ老舗百貨店の考え方はそうであった。しかし、体質の新しい電鉄系百貨店の対応は、やや異なっていた。自社の経営にスーパー部門を採り入れたからである。その影響下で老舗百貨店の幾つかは「多店舗化」を進め始めたが、既存店にしがみつき、徐々に経営を圧迫していた百貨店もあった。本書に出てくる大阪の心斎橋に本社・本店を有する「大宝百貨店」は、そうした百貨店の典型例であった。仕事ができるかできないかではなく、役員に対するロイヤリティで人材を登用してきたために、崩壊の道を歩み始めたのである。初刊本は、78年に徳間書店から刊行。

◎渡辺一雄 『仕手社員 銀座デパート戦争』 徳間文庫、1988年

◆百貨店業界。三越のワンマン社長であった岡田茂(本の中では丸越デパートの大木克敏)の失脚事件が、モデル。その背景に、三越・西武(本の中では友愛百貨店)・ダイエー(「エース」)の三社間で繰り広げられた「銀座デパート戦争」を設定して、物語が仕立てられている。初刊本は、1985年に角川書店から刊行。

◎渡辺一雄 『小説相互銀行』 徳間文庫、1985年

◆銀行。 京大卒でありながら、学生運動に、ほんの少し関与したため一流企業への就職が閉ざされた主人公の尾関昭八は、「銀行」よりも一段格下とみなされていた鴨川「相互銀行」に就職せざるをえなかった。ただ、貧しい境遇に育った彼には、大きな野心があった。ひょんなことから都銀の北浜銀行が鴨川相銀を吸収合併することに荷担することになった。鴨川相銀の創業者の息子も、自分の名誉欲から「身売り」に賛成していた。その結果、吸収合併は成就される。尾関は、北浜銀行の「顧客サービス係」を希望した。そして、北浜銀行の重役の弱みに付け込んで、毎月50万円の「特別給与」をもらい続けた。企業社会のなかで、サラリーマンが経験する「挫折」と「復讐」を描いた作品と言えるだろう。

◎渡辺一雄 『小説「そごう」崩壊』 廣済堂出版、2000年

◆2000年、流通業界もまた激震に見舞われた。特に注目すべきは、空前の負債を抱えて、事実上倒産したそごうの動向であろう。そごうは、西武百貨店元会長・和田繁明のもと、再建の道を歩み始めている。では、そごうはいったいなぜ崩壊したのであろうか。一般的には、40年余りトップの座に君臨した、「カリスマ経営者」水島広雄の「放漫経営のつけ」が一気に吹き出したことが、その原因だとされている。確かに水島の責任は重い。しかし、果たしてそれだけなのであろうか?

◎渡辺一雄 『小説日米保険ビッグバン』 徳間文庫、1998年

◆生保業界。戦後における日本の生保の発展に大きく貢献したのが、戦争未亡人を核にして大量に雇用された「生保レディ」たちの存在であったと言われている。本書では、そうした生保レディの活動ぶり(すさまじい競争下で新規の契約を取るコツはGNP、つまり「義理・人情・プレゼント」であるらしい)や、すでに水面下で始っている生保と損保の保険戦争の様子が描かれている

◎渡辺一雄 『新宿デパート戦争 復讐商戦』 徳間文庫、1996年

◆百貨店業界。かつては「小売業の王様」と言われたデパートであるが、今やスーパーやコンビ ニにも押されがちで、「構造不況」にあえいでいる。その理由(奢り、同族企業的要素の強さ)を謙虚に反省すれば救いはあったが、過去の栄光の上にあぐらをかいて惰眠をむさぼっていたために、その傷口は、ますます深まっていったのである。本書を通して、かかる実態の一端を垣間見ることができる。バブルの現実にも言及されている。主人公は、真面目で無骨者のオペレーター要員であったが、フィアンセの自殺によって目覚め、事件の真相を解明しようとするなかで、デパートに巣食う悪の根元と出会い、改善の努力を始める。彼の仕事は、「コンピュータによる顧客の一元管理」であったが、それが、デパートの現況を改善する鍵になるとともに、主人公が悪しきトップと渡り合う際の鍵にもなっている。

◎渡辺一雄 『退社願 《株式会社大丸社長殿》』 徳間文庫、1984年

◆百貨店業界。「大丸百貨店」の元社員であった著者自身をモデルにした告発小説。出世頭と目されていた男が、トップの怒りを買ったことをきっかけにして、迫害され、ついに辞職へと追い込まれていくプロセスを描いている。その男とは、かつて「労働貴族」でもあった著者自身の姿であった。

◎渡辺一雄 『血ぬられた商標』 日本文芸社文庫、1996年

◆百貨店業界。同じ著者の『空洞会社』と同一の老舗百貨店をモデルにして組み立てられた作品。

◎渡辺一雄 『熱血商人』 徳間文庫、1993年

◆初めて国産チューインガム(ハリスチューインガム)を製造しただけではなく、数々の創意工夫をした企業家森 秋廣の半生を描いた実名伝記小説。彼が発案したものとして挙げられるのは、「森又商会のバラキャラ」(キャラメルのバラ売り)、「甘納豆の枡売り」、「大阪のマンション第一号」となった四階建ての社宅、回虫を退治する「虫下し菓子」、水に溶ける生理用品(Pコット)、「得意先カルテ」(森の母方の叔母に当たる人物に、貧しい人からはお金を取らず、カルテを大事にした香川県女医第一号の「三宅一歌」がいたが、彼女からインスピレーションを得た結果、考案した)、キャラメルにおまけを付けたグリコの発想を参考にした「玩具つき菓子」、国産第一号の自動販売機、洋服のリフォームのチェーン店である「ドクター・リフォーム」、「おしらせ虫」(点滴終了報知器)など。原題は、1985年に毎日新聞社から刊行された『ピンチをチャンスにした男』。渡辺の作品の中では数少ないノンフィクションのような内容である。

◎渡辺一雄 『乗っ取り戦争』 グリーンアロー出版社、1978年

◆百貨店間の熾烈な競争を描いた表題作のほか、主にサラリーマンの挫折などを扱った六つの短編小説が盛り込まれている。

◎渡辺一雄 『秘書室』 徳間文庫、1985

◆総合商社。企業における秘書の役割や心がまえ、会社にいわば「24時間」拘束されることによるストレスなどがよくわかる。ただし、内容的には商社の業務を紹介している部分は少なく、どちらかと言えば、ミステリータッチの小説という感が強い。

◎渡辺一雄 『物流疑惑』 徳間文庫、1994年

◆流通業界。談合・カルテル・運賃の水増し請求など、独禁法に抵触する行為を公然と行い、ある地方の政治と経済を牛耳る運送会社の経営者であり、有力国会議員でもある人物の不正の数々と、彼が挫折するまでのプロセスが書かれている。

◎渡辺一雄 『野望の椅子』 徳間文庫、1984年

◆百貨店業界。大阪に本店を持つ関西の名門百貨店(モデルは大丸)。そのK(京都)支店・商品監理課という地味な後方部門に勤務する主人公の佐藤英作が、不正なやり方で左派の活動家が牛耳っている組合の委員長になる。そして、陰湿な手段で権力を掌握し、権勢を振るった後、失脚するまでのストーリーが展開される。

※わたなべ ようこ※

◎渡辺容子 『左手に告げるなかれ』 講談社文庫、1999年

◆主人公は、スーパーの店内を巡回しながら万引き者を捕捉する、スルガ警備保障に勤務する保安士の八木薔子(しょうこ)。ヒロインのかつての不倫相手であった木島浩平の妻が自宅マンションで何者かに殺害され、彼女が容疑者の一人になってしまう。そこで、薔子の犯人探しが開始される。その際、聖書のマタイ伝第六章、山上の教訓にある「あなたが、施しをするときには右の手でしていることを、左の手にさえも知らせないようにせよ」、という一節が殺人事件の鍵を解く言葉として登場する。この作品は、そうした彼女の姿を通して、万引きの手口、保安士とのやりとり、コンビニの業務内容、コンビニのスーパーバイザーの役割、コンビニを舞台にした熾烈な流通戦争の一端に触れることができるミステリーである。最後に、意外な人物が犯人であることが判明するという、ミステリーに特有なドンデン返しが待ちかまえている。初刊本は、96年に講談社から刊行。第42回江戸川乱歩賞受賞作。