『アンナ・カレーニナ』

トルストイ(岩波文庫)



 トルストイの『アンナ・カレーニナ』を読んだのも、大学3年ぐらいの頃だった。思えば、文系の学部だったし、あの頃は時間がたっぷりあったのだろう。ポストモダンで活躍している人たち(例えば、大学同期だったはずの赤川学氏など)は、あの頃すでにデリダやラカンなどを読んでいたのだろうが、浅田彰の『構造と力』を読んでもまったくピンとこなかった私は、トルストイやドストエフスキーを読んでこの時代を過ごした。世間は、バブルだ、ポストモダンだと騒がしかったのだが、田舎育ちの私にはバブルもポストモダンも何のことやらわけがわからず、何とかわけのわかった古典小説を読んでいたわけである。だいたい自分にとっての課題は、世間教にしばられた親や地域共同体からの自立にあったわけで、モダニズムの確立こそが問題であったのである。さて、『アンナ・カレーニナ』は、世間体を重んじる夫から離れ、「真実の愛」を求めて青年将校と不倫に走る女性の物語である。印象的なことばは、「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」という書き出しである。トルストイの小説では、主人公はいても、そこだけが描かれるのではなく、主人公のまわりにある他の家庭もきめ細やかに描かれる。これがトルストイの小説の魅力である。最近、ややこしい話ばかりなので、何だか古典小説について書いていると心が癒されるのが不思議である。思えば、大学の講義でも、スタインベックの小説も評判がよかった。面白い感じである。