『ドン・キホーテ』

セルバンテス(岩波文庫)



 有名なスペイン小説であるセルバンテスの『ドン・キホーテ』は、荒唐無稽な小説という印象があるが、大学院の現象学のゼミナールで読み、また違った捉え方をした。たしかアルフレッド・シュッツの『現象学的社会学の応用』の中に、『ドン・キホーテ』についての論述があり、それなら原典にあたってみようということで読むことになったと記憶しているが、多元的現実を生きる人間のあり方を理解するということが一つのテーマであった。中世の騎士物語の読み過ぎで、物語と現実の見境がつかなくなったドン・キホーテは、サンチョ・パンサを従えて、お姫さまを救う旅に出る。その先々で、ただのたらいを貴重な兜と思い込んだり、田舎娘をお姫さまと信じ込んだり、さまざまな珍道中が繰り広げられる。ドン・キホーテには、事象を捉えるための基本的な枠組みとして、騎士物語があるから、そのコンテクストに沿ってのみ物事は解釈される。そうであるから、風車は怪物でなくてはならず、木馬は空飛ぶ木馬でなくてはならないのである。さらに、『ドン・キホーテ』の中はいくつもの入り組んだ多重の現実から構成されており、偽物のドン・キホーテを出版している人物やドン・キホーテの気狂いを娯楽として眺める夫妻などが登場する。哀れなのは、最後にドン・キホーテが正気を戻り、死にゆく場面である。騎士物語の世界がドン・キホーテにとってあまりにもリアルなものであったため、正気に戻ることはもはや生きられないことを意味していたのである。ドン・キホーテとともに1999年も暮れる。それではまた2000年に。