『客分と国民のあいだ−近代民衆の政治意識−』

牧原憲夫(吉川弘文館、1998)



 本書の著者牧原憲夫は東京経済大学の専任講師であり、その博識と抜群のセンスのゆえに評者は歴史学における師匠として勝手に師事させてもらっている。その文体は、確かな構想力に支えられたユーモアにあふれ、読み手を飽きさせることがない。本書では、「生活の専門家」で天下国家については「“あっしらにはかかわりのねぇことで”」という「客分」にあった民衆が、国民国家の「主体」へと組み込まれていく過程が丹念に描かれている。著者一流の包丁さばきで、「客分」というスタンスのもつ自由、「独立」的な「主体」であるがゆえの従属、このパラドックスとそのはざまに揺れる民衆の姿を見事に腑分けしていくのだ。「百聞は一見に如かず」というが、著者を知るわたしには、本書の「客分意識」に著者の生きる構えが重なって見えてくる。本書16頁の漱石の「自覚的に選択された客分意識」こそ、著者の学者としての真摯な構えをあらわしているのではないだろうか。この評を著者が読んだらどうだろう。おそらく「客分は一見して笑う」のではないだろうか。