『レディ・ジョーカー』

高村薫(毎日新聞社、1997)



 『レディ・ジョーカー』は小説のかたちをとった現代日本社会のルポルタージュだ。高村薫は、丹念な調査に基づいて、1990年代の日本社会の激動に生きる人々の姿を描いている。その文体は硬質で決してなめらかではないが、これはまさに登場人物の人生の波動の軌跡と連動している。わたしたちは、この本を読みながら、通り過ぎていったさまざまな事件や自分自身の人生を思い起こすことだろう。総会屋と企業の癒着、都市銀行の重役が射殺された事件、バブルに踊らされた日々…。この本を貫く著者の視線は、日陰の人生を歩まざるを得なかった人物にも、システムを背負う運命を担わされた人物にも、温かくまた厳しく注がれている。
 これからわたしたちの住む社会は、大きく変質していくことだろう。この過程で、たくさんのどろどろとした膿が出て、新しい社会のかたちへの産みの苦しみを味わうことになるだろう。迂遠かもしれないが、足早に走り去った戦後の歩みをもう一度じっくりと振り返り、一人ひとりの人生行路によって編み上げられた戦後史と向き合い直してみることが、新しい社会の輪郭をかたどる一つの有効な方法になるだろうと、私は思う。高村薫の労作は、このための確かな一つのベースキャンプを築いている。