『なぜ小学生が“荒れる”のか』

今泉博・山崎隆夫(太郎次郎社、1998)



 本書の著者である今泉博と山崎隆夫は、ともに東京都の小学校の教師。巻末の紹介文を引用すると、「子どもたちが生きいき学ぶ、発見のある授業を創造している(今泉)」「子どもたちの生きる姿と子どもの成長によせる父母の深い思いにたくさんのことを教えられ、人間として教師として育てられる(山崎)」とあるように、現在の困難な学校のなかで、子どもの今をうけとめ、そこから出発する教育実践をきりひらいている教師たちである。
 この著書は、「“荒れ”た六年生を一年間担任することになった二人の教師の苦闘の記録」である。“荒れ”が括弧でくくられているのは、子どもたちの“荒れ”をただ否定的に見るだけではなく、“荒れ”の底にある可能性を見つめようという、二人の教師の構えというべきものを感じさせる。ありのままの自分を受けいれられない子どもたちの心の傷が、「“いらだち”や“むかつき”、暴力的な行為など」として表現され、さらに自分と他者を傷つけていく。この悪循環に立ち向かい、根気よく子どもの今をうけとめ、ともに歩んでいった教師の実践から、教育のしごとにおいて、子どもに向き合うときの大人の息の長さと、影のなかに光を見る眼力が問われることがうかがえる。ここにも、いのりの力と身体化されたわざが秘められている。