『臨床の知とは何か』

中村雄二郎(岩波新書、1992)



 本書は、いわずとしれた知の巨人である中村雄二郎による「臨床の知」についての考察である。著者は、現場、現実でのリアルな事象に対して、科学、学問が立ち遅れていることを認め、そこから近代科学一色に覆われたわたしたちの理性の限界を明らかにしていく。その上で、著者は、実践と経験に根付き、そこから立ち上げる「臨床の知」を提起している。不確実さを孕む実践の学であることに耐えられずに科学主義に傾倒し、現場の豊かさを枯渇させてしまった教育学の歴史を顧みるとき、わたしたちが、中村雄二郎の思索から学ばなくてはならないことは多い。
 本書の一節を引用しよう。
 「実践はまた、すぐれて場所的、時間的なものである。われわれが各自、身を以てする実践は、真空のなかのような抽象的なところでおこなわれるのではなく、ある限定された場所において、限定された時間のなかでおこなわれるからである。まず、場所のなかでおこなわれるということは、実践が空間的、意味的な限定を受けているということである。先に述べた決断や選択にしても、それらがまったく自由に、なんら拘束されずにおこなわれるわけではない。個別的な社会や地域のような、ある具体的な意味場のなかで、それからの限定を受けつつ、現実の接点を選び、現実を拓くのである。その上にさらに、時間的な限定を加えれば、実践は、歴史性をもった社会や地域のなかでのわれわれ人間の、現実との凝縮された出会いの行為だということになる。」(本書 p.70)
 固有名詞をもった人間同士の出会いの営みとして、もう一度教育実践を捉え直すことが求められているのである。