『夜光虫』

馳星周(角川書店、1998)



 本書の著者馳星周は、1965年北海道生まれ。『不夜城』で作家としてデビューすると一躍話題の人となった。『夜光虫』は、神宮(六大学野球)のヒーローでプロ野球でもノーヒットノーランを達成したことのある一人の男が、ひじの故障から、奈落の底に落ちていく物語である。ハードボイルド系のサスペンスとして仕上がりつつも、台湾を舞台とするストーリーの中には、日本の植民地支配への台湾の人々のアンビバレントな感情、家族という闇、現代社会の渇きと満たされない思いなどが、現代の世相をみごとに写しだし、読者を圧倒的な悪のパワーでもって引き込む仕立てになっている。著者の馳星周は、“日本には善人を書く作家は多い。だから自分は悪人を書く。”と語っていたが、彼は“悪”を通して、人から愛されたい、受け容れられたいという、人間の根源的な欲求を描いているのだと思う。だから、圧倒的な救われなさのゆえに、一筋の確かな救いが見えてくるのだ。
 『夜光虫』は、1990年代の日本を語っている。そして、ひたすら<ハマる>。『夜光虫』を手にとった数晩は、寝る前のささやかな楽しみのつもりが、この“悪”の世界に引き込まれ、あっという間に明け方を迎えるといった具合だった。麻薬のような本だから、取り扱い要注意。