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Bruce Springsteen "the ghost of tom joad",U2 "Pop"

・東京であったスプリングスティーンのコンサートがすごくよかった、という話を、何人もの人から聴いた。生ギターだけのパフォーマンス。それで、"the ghost of tom joad"を買う気になった。トム・ジョードというのはスタインベックの『怒りの葡萄』に登場する主人公の名前である。ジョン・フォードの映画ではヘンリー・フォンダが演じていた。オクラホマで農場を営んでいたが、砂嵐の被害を受けて、カリフォルニアに一家で移住する。そして働いていた葡萄園の待遇改善を求めて集団を組織してリーダーになる。1930年代のアメリカの話である。

・ボブ・ディランを好きになって、彼がガスリーズ・チルドレンと呼ばれるフォーク・シンガーの一人であることを知った。ウッディ・ガスリー、彼はちょうどそのトム・ジョードと同じ時代に生きて、農園労働者の集会などに現れてはメッセージ性の強いフォークソングを歌うシンガーだった。

・スプリングスティーンは"Born in the USA"の大ヒット以来、この10年ほど、ろくなアルバムを作ってこなかった。ニュージャージーの白人労働者の家庭に育った彼は、夢と現実との間にある大きな裂け目をテーマにした歌を歌った。ベトナム戦争、失業、町の荒廃と若者たちのすさんだ心。しかし、皮肉なことに、そんな歌を歌う彼には名声と富が転がり込んだ。そして、同時に歌うテーマをなくしてしまった。

・"the ghost of tom joad"はハイウエイを背景にして、そこを行き交う人びとを歌っている。失業、犯罪、ホームレス、飢える子供、不法移民........。彼がこのアルバムにこめるのは、現在のアメリカの陰になった日常であり、同時に、ガスリーに始まるアメリカの歌の原点である。

・スプリングスティーンの"Born in the USA"とほぼ同時期に、U2は"The Joshua Tree"を出してグループとしての一つの完成領域に達した。アイリッシュであることをアイデンティティの核にしたメッセージと文学性の高い歌詞、ボノのセクシーな歌声、そしてエネルギッシュでなおかつ洗練されたサウンド。それが、次の"Rattle and Hum"から変わり始めた。デジタルなサウンドの導入と照明や映像を取り入れた大がかりなコンサート、それに女装。そして"Pop"ではディスコ・サウンドである。

・スプリングスティーンとU2はたぶん、この10年、同じ壁にぶつかったのだと思う。自己の変化と歌ってきたことの間に生まれたズレ、ファンの期待と自分たちの気持ちの間に生じた違和感。それが一方では、原点帰りという形に、他方では徹底的に時流に乗るという戦略になった。そしてどちらも、アルバムとしてはいいできに仕上がっている。彼らにとってロックは自己表現のメディアだが、同時にそれはビジネスである。今の気持ち、考え、感覚を表現することは大事だが、それは何よりよく売れる商品として作り上げられなければならない。この二律背反の要請とどう折り合いをつけるか。僕はこの二枚のアルバムと、彼らが取る姿勢、作品やパフォーマンスとそれに対して持つ距離感などに興味を覚えた。(1997.03.30)

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1997年03月30日 22:51に投稿されたエントリーのページです。

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