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卒業式を壇上から

・勤務する大学で2年ぶりの卒業式がおこなわれました。あいにくの雨でしたが会場の体育館には2000人ほどの卒業生、教職員、父母、そして卒業後50年、40年、30年の人たちが大勢参列しました。僕は今年度1年間学部長を務めましたから、その式に壇上に並んで、ということになりました。

・実は、大学の卒業式に出るのは自分自身の時も含めて初めてのことです。式後に学部ごとに分かれて学生に卒業証書を渡すお勤めには何度か出席したことがありましたが、式そのものは初めての体験で、校歌を歌ったのはもちろん、聞いたのもほとんど初めてのことでした。歌詞を書いた紙を渡され、起立してほとんど口パク状態で戸惑いましたが、国旗も君が代もない卒業式は、それだけで居心地の悪さを減じてくれた気がします。

・式では「君たちには無限の未来がある」という決まり文句が、何度か聞かれました。以前からこのことばには違和感を持っていましたが、今回ほど、そのことが強く感じられたことはありませんでした。「無限の未来」ということばに込められている意味は「可能性」だけを指しますが、大地震と原発事故の後では、むしろ「危険性」にどう対処するかといったといった自覚の方がずっと現実的で重い意味を持つようになったと感じているからです。

・これからの時代には、個人的なことから社会的なこと、そしてグローバルなことまで通して、「無限」ではなく「有限」こそがキーワードになりますし、未来の「可能性」と「危険性」についても、他人事や政治家任せではなく、自分の問題として考え、行動していく必要があります。式がおこなわれた1時間ほどのあいだ、僕は壇上で、そんなことばかりを考えていました。

・学部長の仕事も卒業式でお役ご免です。大震災と原発事故で入学式が中止になり、授業開始が1ヶ月近く遅れ、東電の無計画停電への対応などで頻繁に会議が開かれるという大変な1年でした。おまけに今年度は7年ごとに文科省に提出する「自己点検・評価報告書」について、学部のことを書かなければなりませんでした。その意味では、今までいかに大学のことに無関心でいたかということを思い知らされた1年でもありました。

・大学は今、大きな曲がり角にさしかかっています。受験生は何より就職を考えて進路を決める傾向が強くなりましたから、キャリア教育や資格の取得を目指したカリキュラムの充実が求められています。教員も自分の関心に従ってではなく、学生にとって必要なことを考えた講義を工夫しなければならなくなりました。わかりやすく役に立つ授業を品揃えして懇切丁寧に指導する。そんな必要性が大学の就職予備校化とコンビニ化を促進していくように思えます。

・そうしなければ生き残れないのが大学の置かれた現状ですが、それはまた大学が大学でなくなることを意味します。大学の教員はまた、研究者であるという側面を持っています。大学はこの面についても成果を上げ、広く公開することを求められていますから、教員は否応なしに、研究と教育に求められる要求のあいだで「ダブルバインド」の状況に置かれざるを得なくなっています。

・そんなことを強く思い知らされ、対応を考えさせられた1年でしたし、在学する学生たちに、どんなことを自覚させ、考えてほしいかを悩んだ1年でもありました。卒業式がすみ、学部長の職務もほぼ終わって、やれやれと思う気持ちがありますが、まだもう少し大学で働く限りは、可能性と危険性を背中合わせに持った大学の現状と未来について、考えていかなければとあらためて思いました。

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2012年03月26日 07:39に投稿されたエントリーのページです。

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