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コミュニケーションの教科書

CS-1.jpg・『コミュニケーション・スタディーズ』(世界思想社)を出版したのは2010年ですが、それから10年経って、9刷で1万部を超えました。毎年300名以上が受講する「コミュニケーション論」を担当することになって、教科書を作ろうと思ったのがきっかけでした。当時大学院で担当していたゼミには在籍者や卒業生が多数参加していたので、それぞれの得意分野のテーマを担当させ、ゼミでの討議を経て完成させました。出版状況が悪い折りでしたから、初版の2000部は何年かかけて、自分で使いきろうと思ったのですが、翌年には増刷ということになりました。それからほぼ毎年、1000部ほどを出し続けて、とうとう1万の大台に達しました。

・日本の大学にはどこでも「コミュニケーション論」という名の講義が置かれています。「コミュニケーション能力」といったことばが注目され始めた時期でしたから、教科書として多く使われたのだと思います。しかも、中には継続して使い続けている方もいて、ありがたいことだと思ってきました。ぼくは大学を辞めて3年になります。もう研究者としても引退をしているのですが、今年も増刷という知らせを聞いて、少し手直しをしなければいけないと思いました。

・この10年で何がどう変わったのか。まずは2011年に起きた「東日本大震災」など、大きな出来事がいくつもありました。コミュニケーションやメディアについても、インターネット環境を中心に大きな進展と変化がありました。また、障害者やLGBTを自任する人たちに対する社会の対応の変化など、人間関係について改めて見直すことも求められるようになりました。そして何より、現在進行中のコロナ禍です。何しろ、人ごみにいてはいけないし、集まってもいけない。人と接する時には2mの間隔をとって、必ずマスクを着用して行うことが強制されたのです。

・その「社会(的)距離」(social distance)ということばは、E.T.ホールが提案した「近接学」(proxemics)において、人間関係における親しさを、「親密距離」「個人距離」「社会距離」「公衆距離」と区分したものでした。ここにはもちろん文化差があって、挨拶時にハグやキスをおこなう欧米人と、離れてお辞儀をする日本人では、その距離の取り方にずいぶん違いがあります。ところが日本では、毎朝の通勤通学電車では、誰もが当たり前としてすし詰め状態を許容しています。こんな特徴は感染の度合いとどう関係したのでしょうか。

・おそらく、人びとの接触や関係の仕方、集まりの仕組みには、これから大きな変化が起きることでしょう。それは当然、人間関係やコミュニケーションの仕方を変えていくはずです。そんな予測も含めて、執筆者たちには、担当したテーマについて書き直しをお願いしました。あまりに大胆な予測をして、数年後に陳腐化してしまってはいけませんから、そのあたりをどう書くかが問題になりますが、現在各自検討中です。

・コロナ禍を経験した人たちが、今後どのような人間関係やコミュニケーションの仕方をするようになるのかという疑問は、極めて興味深いテーマになると思います。テレワークや遠隔授業の経験は仕事や教育の仕方を変えるでしょう。外食や旅の仕方、音楽や演劇、そしてスポーツの楽しみ方も変わるでしょう。そんな大きな転機を感じさせますが、それが現実化した時には、全く新しい『コミュニケーション・スタディーズ』が必要になるかもしれません。もちろん、監修するのは僕ではなく、若い人たちになると思います。今回の改訂は、そんな予測をちりばめるだけになると思います。

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2020年06月01日 06:13に投稿されたエントリーのページです。

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