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ジョゼフ・ランザ『エレベーター・ミュージック』(白水社)

・「エレベーター・ミュージック」というのは聞き慣れないことばだ。エレベーターに音楽なんてあったかしら?そんなことを考えながら、この本を手にした。中身は BGMの歴史といった内容だった。おもしろそうな感じがして買って読んだが、BGMがこんなに多様な世界を作り出してきた(いる)ことに改めて驚かされた。

・クラシックは精神を集中させて聴く音楽だ。だから、コンサートでは物音一つたてられない。ロックは聴衆が一緒になって手をたたき、躍り、歌う。リラックスはしているが、やっぱり、心も身体も音楽に向かっている。そして、音楽の聴取とは、普通、このような聞き方を指す。けれども、それ以外に、僕たちはいろんなところで、いろんな音楽を聴く、あるいは聴かされている。

・ BGMの歴史は電話を使った有線放送に始まる。だから、この本はラジオとレコードに始まる音響メディアの歴史書だといってもいい。サーノフが作った家庭用のラジオ受信機は、はじめは「ラジオ・ミュージック・ボックス」と名づけられた。ある意味では、電話もラジオも音楽を聴くために考案されたということになるようだ。映画がトーキーになると映画音楽というジャンルが生まれた。映画にとって音楽はあくまで背景だが、それによって観客は、物語により没入しやすくなった。やがて職場や公共の場所に音楽が侵入しはじめる。仕事の効率、公共の場での秩序の維持、あるいはちょっとした心の平安、そして騒音の隠蔽.........。

・20世紀になって日常生活のなかに侵入しはじめた音楽は、一方では、人びとの気持ちをリラックスするものとして受け入れられたが、同時に、人びとを管理統制する道具としてもみなされた。公共の場での音楽は、そこに集う人びとのためにあるのか、あるいは、人びとをコントロールしようとする人間のためにあるのか。これは、BGMについて最初からついてまわる議論だが、そのような論争は現在にまで持ち越されている。

・BGMは、さまざまな社会的場面の背景を色づける。特に関心を持って聴くことはないが、否応なしに誰の耳にも入る。ユニークさというよりは最大公約数、味わいというよりは耳障りの良さを心がけて作られる音楽だ。だから、音楽としての評価を受けることはほとんどない。というよりは、音楽に関心のある人には、必ず軽蔑される種類の音楽だと言っていい。けれども、サティが「家具の音楽」と言ったときには、そこには、かしこまって聴くだけが芸術だとするステレオタイプ的な音楽観に対する批判が強くあった。

・20世紀の後半になるとテレビが登場し、若者たちの騒がしい音楽であるロックンロールが生まれた。街にはさまざまな新しい空間が作られ、駅や空港などが巨大化した。そのような場は放っておけば、たちまち騒音が渦巻く空間になってしまう。あるいは音のない、気づまりで気味の悪い時間を作り出しかねない。だから、一定のコンセプトにもとづく音づくりが必要になる。「エレベーター・ミュージック」「ミュージック・フォア・エアポート」。もちろん、音楽による空間の演出は、プライベートな場においても例外ではない。ラジオ、ステレオ、CDラジカセ、そしてカー・ステレオやウォークマンによる好みの音楽世界の持ち運び。

・映画やテレビ・ドラマの世界にはいつでも音楽が流れている。そして、現在では、日常生活の中にどこでも、いつでも音楽が流れていることが自然になった。であれば、なおさら、音のデザインが必要になるはずだ。そんなふうに考えていたら、ふだん乗るエレベータにも音楽がほしくなった。 (1999.5.22)

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1999年05月22日 11:32に投稿されたエントリーのページです。

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