« こんな時にこそ、読みたい本 | メイン | 田村紀雄『自前のメディアを求めて』 »

ポール・オースターを読んでる

『サンセット・パーク』新潮社
『インヴィジブル』新潮社
『ミスター・ヴァーティゴ』新潮社
『ティンブクトゥ』新潮社

・ポール・オースターの新作が翻訳されたのをアマゾンで見つけた。そうすると買わなかった作品がもう一冊あった。『サンセット・パーク』は2010年に出ているから、翻訳はだいぶ遅れている。もう一冊の『インヴィジブル』も2009年に出版されて、翻訳は2018年だ。その間に『冬の日誌』(2012)や『内面からの報告書』(2013)が先に翻訳されて、後回しになったようだ。翻訳者は柴田元幸で、彼はほかにも翻訳しているから、出たらすぐに訳すわけにはいかないのだろうと思った。

auster4.jpg・『サンセット・パーク』は大学を中退した若者が主人公で、オースターが初期の頃にテーマにした、喪失と再生をめぐるストーリーになっている。2005年に書かれた『ブルックリン・フォーリーズ』のように、中年から老年にさしかかる男を主人公にしたものや、自分のこれまでの生き様を振り返って赤裸々に表現した『冬の日誌』や『内面からの報告』と違って、また初期の作品に戻った印象を持った。大学をやめ、ニューヨークでホームレスの生活をしたり、各地を放浪して、恋愛関係に陥ったりと青春小説のような趣がある。
・ただし、その流れとは別に、父親や義母、そして実母が登場して、それぞれ、第一人称で自らの現状や、息子への思いを語っている。いわば、若者を軸にした相互の関係がテーマになっていて、僕は父親の立場で読んでいることに気づかされたりもした。時代設定も書かれた時とほぼ同じで、リーマンショック後のアメリカが映し出されている。

auster5.jpg・『インヴィジブル』も主人公は若者だが、こちらは時代設定が1960年代から70年代になっていて、オースター自身であるかのようにして読むことができる。その意味では、初期の作品に戻ったという感じもした。大学生の頃に知りあったフランス人の哲学者とその恋人との関係が軸になり、舞台はニューヨークからパリに移って話が進む。しかしそれは。すでに老いて病と闘う主人公が書いた自伝小説で、大学時代の友人に中途のままで送り、次にそのもとになるノートやメモを送り、死んだ後に友人が見つけたものも含めて、小説ににまとめたものだったのである。しかも友人はでき上がった作品を持って登場人物を訪ねてもいる。小説であり、ドキュメントでもある。そんな工夫が面白かった
・訳者の後書きに、この小説が『ムーン・パレス』に共通していると書かれていた。もう内容を忘れてしまったので読み直すと、驚いたことに、僕はほとんど思い出すこともなく、初めてのような感じで読んだ。で、オースターを読み直そうと思って、次に『偶然の音楽』を読んだが、やっぱり、思い出すことはほとんどなかった。このコラムでも書評しているのに、よくもまあ、すっかり忘れてしまったもんだと、我ながら呆れてしまった。

auster7.jpg・そこで書棚を見回して、内容を思い出さないものをと『ミスター・ヴァーティゴ』を手に取った。読み始めて、これは買ったけれども読まずに積んどいたものかもしれないと思った。主人公は孤児で、拾われた男に、空中を浮遊する能力が見込まれて、その修業に明け暮れるところから始まる。時代設定は1920年代から30年代で、大恐慌が始まる直前の好景気から、一転して暗い社会になる世相が背景になっている。空中に浮いて歩くことをマスターすると、二人は興業に出かける。それは人びとを驚かせ、国中の話題になり、大金を手にするようになるが、少年の悪伯父に誘拐され、山奥に幽閉されたりもする。うまく逃れて興業を再開するが、今度は浮き上がるたびに強烈な頭痛に襲われるようになって、結局、浮遊はやめることにする。
・オースターには珍しいおとぎ話で、悪ガキから全うな大人に成長する物語という意味で「ピノキオ」にも似た趣があって、そのことは彼自身も自覚しているようだ。ただし、子どもにはちょっと難しいかもしれない。

auster8.jpg・彼の作ったおとぎ話と言えばもう一冊、『ティンブクトゥ』がある。犬が主人公の物語だが、僕は途中で読むことをやめてしまっていたから、これも初めてというように読んだ。犬の主人は若い放浪者で、病を患っていながらニューヨークからボルチモアまで歩いて、旅をしている。しかしボルチモアに着き、エドガー・アラン・ポーの記念館にたどり着いたところで生き別れてしまう。主人が倒れて病院に運ばれ、犬は捕まることを恐れて逃げたのである。物語はそこから一匹だけの放浪生活になり、何度か拾われて、楽しいことも、つらいことも経験する。こちらは『吾輩は猫である』の犬版にも思えるが、ポーの生き様を念頭において書かれたもののようでもある。
・そんなわけで、もうしばらくオースターの作品を読み続けようと思っている。もっとも読むのはいつも、寝る前のベッドの中で、気がついたら2時間も経っていた、なんてことも度々だ。だから早めにベッドに入るようになった。

About

2020年05月18日 06:18に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「こんな時にこそ、読みたい本 」です。

次の投稿は「田村紀雄『自前のメディアを求めて』 」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Creative Commons License
このブログは、次のライセンスで保護されています。 クリエイティブ・コモンズ・ライセンス.
Powered by
Movable Type