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"A Tribute to Joni Mitchell" "Shine"

joni1.jpg・「トリビュート」と名のついたアルバムは死んだ人へのものだと思っていたら、最近はそうでもないようだ。尊敬する、敬愛する、あるいはかけがえのない人なら生死にかかわらず「捧げ」る。そんな風潮があるのかもしれない。勘ぐれば、新しいものの売れ行きがよくないし、いいものがさっぱり出てこないから、かかわりのある人を適当に集めて1枚のアルバムをつくれば、話題になって売れるだろう。そんな思惑が見え隠れする。
・"A Tribute to Joni Mitchell"もそんな一枚かと思ったが、彼女はたしか引退宣言をしたから、それにあわせてなのかもしれないと思って買うことにした。ジェームズ・テイラーやエミルー・ハリスは当然な気もするが、プリンスやビョークはなぜ?という感じがする。それを確かめてみたい。そんな興味もあった。

joni2.jpg・残念ながら、アルバムには参加者についてのコメントは何もない。もちろんこのアルバムがなぜ生まれたかについても一言の説明もない。おまけに、ジョニ自身が復活のアルバム"Shine"を出したから、トリビュートの意味はますますわからなくなってしまった。しかも、おなじみの曲を違った感じでという「トリビュート」より、彼女自身の最新作の方がずっといい。その1曲目は、彼女が今、生活している世界のスケッチだ。


大洋の輝き/木の上の鷲
狂ったようなカラスたちのいつもながらの騒ぎ
ここが私の家
隣人と話していたら/彼が言った
「天国に行っても、気に入らなかったら、雲をとんで、ここに戻ってくる」
この天国のような至福の地へ
"This Place"

joni3.jpg・ジョニ・ミッチェルはマイペースの人だ。じぶんのやりたいことをやりたいようにする。けっしてわがままというのではない。じぶんのできることだけやる。そんな生き方にぼくはずっと憧れを持ちつづけてきた。もっともそんなライフスタイルは、彼女にとってもはじめから実現していたわけではない。
彼女のサイトには、自分の人生をいくつかに区切って、それぞれの時期に名前をつけて説明しているところがある。たとえば、デビューした1968-70年までは「ポピュラー・アーチスト出現」、71-73年が「告白詩人」、74-75年は「有名な時」、で、76-77年に「その道から避難」とある。以後「ジャズシンガー」になり、「確かな愛」を手にする。80 年代は「実験を試み」、90年代には「ルーツに戻る」。その後は「ご褒美」、つまり隠遁と引退だ。田舎に住み、絵を描く時間をより多くもつ。彼女のアルバムの多くは自画像だが、並べて眺めると、それぞれの時代の彼女の心模様がよく分かる気がする。

joni4.jpg・ジョニ・ミッチェルは知的でおしゃれで、多才な人だ。ぼくは好きだが、ずっと一点気になっていたところがあった。鼻の下が長い。その鼻の下が、2001年にでたベストアルバムでは、いっそう長く描かれている。じぶんの顔をデフォルメしておもしろいが、絵の感じからして、彼女の作ではないのかもしれない。確かめたい気もするけれど、ヒット曲ばかり集めたものだから、買う気にはならない。
・「トリビュート」と言うことでいえばもうひとつ。バフィ・セントメリーの"Circle Game"が入っていてもいいのにと思った。大学紛争をテーマにした『いちご白書』の主題歌で、ジョニがまずソング・ライターとして注目されるきっかけになった曲だからだ。そのあとのCSN&Y、なかでもデイビッド・クロスビーとニール・ヤングとの関係だって、彼女にとっては重要なものだった。だから当然、"Both Sides Now"も入っていなければならない。この「トリビュート」には、そういう関係を感じさせる人が、ジェームズ・テイラー以外にはほとんど登場しない。だから、盛りだくさんという以外に、特に感じさせるものがないのかもしれない。

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2007年10月29日 07:00に投稿されたエントリーのページです。

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