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スプリングスティーンとマドンナ


Madonna "MadameX"
Bruce Springsteen "Western Stars"

madonna6.jpg・マドンナが4年ぶりにアルバムを出した。前作のタイトルは『反抗心(Rebel Heart)』で、突っ張りぶりを遺憾なく発揮していたが、今回は『マダムX』という名前だ。「マダムX」はスパイで、さまざまに姿を変えながら世界を巡り自由のために戦い、暗黒の場所に光をもたらす。そんな物語で全曲が構成されている。だから歌には英語の他にスペイン語やポルトガル語が入り、サウンドにはラテンやアフリカ、そしてポルトガルのファドを感じさせるものもある。

・彼女がこのアルバムで主張しているのは、世界が融和や連帯ではなく争いや分断の方向に舵を切ってしまっていることに対する批判だ。だからこのアルバムでは中南米やアフリカ、そしてアラブに行き、またアメリカに戻って、さまざまな境遇に身を寄せ、抵抗を支援する。高校での銃乱射事件をきっかけに銃規制運動に立ち上がった高校生のスピーチが、そのまま使われてもいる。還暦を過ぎてなお、その突っ張りぶりは健在だ。

・日本では「音楽に政治を持ち込むな」といったことを正論として吐くミュージシャンが多い。そういった人たちは、マドンナのこのような姿勢をどう感じているのだろうか。もっともそう発言する人たちの多くは、権力者やスポンサーには従順で、メディアの言うなりにふるまったりもするから、無関心のままなのだろう。ポピュラー音楽は商業主義の中で成り立っているが、その出発点には政治や経済、そして社会や文化に対する批判があった。マドンナは世界で最も成功し、富と名声を得た女性ミュージシャンであり、また世界で一番強く不条理を批判する人でもある。その事を改めて実感したアルバムである。

springsteen4.jpg ・スプリングスティーンの『ウェスタン・スターズ』も5年ぶりのアルバムである。彼は1949年生まれでもうすぐ70歳になる。健在なのは確かだが、最初は、マドンナと比べるとメッセージもサウンドも地味な印象だった。オーケストラがバックだから、ロックでもないしフォークでもない中途半端な感じもした。しかし、何度も聴き、歌詞も読んでいるうちに、よく練られたアルバムであることがわかってきた。彼はインタビューでこのアルバムのコンセプトを、70年代の「南カリフォルニア・ポップ・ミュージック」、たとえばグレン・キャンベルやバート・バカラックにおいたと言っている。そこで歌われているのはハイウェイ、砂漠、孤独、コミュニティ、そして家庭と希望の永続性というテーマだとも。

・「偉大なアメリカ、アメリカ第一」と連呼して支持者を喜ばすトランプ大統領とは対照的に、スプリングスティーンが歌うのは、変質したアメリカから失われかけている古き良きアメリカだ。アルバム・タイトルになっている「ウェスタン・スターズ」で歌っているのは、かつてはハリウッドの脇役俳優で、ジョン・ウェインに殺される役をしたことがある老人の回想物語だ。あるいは「ヒッチハイキン」や「ムーンライト・モーテル」からはハイウェイの旅、「ツーソン・トレイン」は列車の旅で、がんばったが報われなかった生活や、人との別れや再会が描かれる。やはり全曲が物語になっている。アメリカ映画にはおなじみの夜明けや日没、砂漠や岩の風景のなかで。自分の人生を振り返る。

・二人の新しいアルバムを聴きながら、『マダムX』には『ミッション・インポッシブル』を『ウェスタン・スターズ』にはいくつかのロード・ムービーを思い出した。世界が壊れかけている。それは世界中から伝わる出来事に顕著だし、個々の人たちの生活や心にも溢れている。この二つのアルバムには、そんなシーンを見つめる二人の様子がいくつもちりばめられている。

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2019年07月01日 07:14に投稿されたエントリーのページです。

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