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新譜がないのはコロナのせい?

・今年になってCDを一枚も買っていない。アマゾンで検索しても、新譜がほとんど見当たらないからだ。このコラムは数年前までは一度に数枚の新譜を取り上げることが多かった。研究費で買っていた頃は年に数十枚が当たり前だったが、退職してからは吟味して買うようになった。だから、最近取り上げるのは一枚だけというのが多くなった。たった一枚だけ取り上げるというのは、話題を探すのに苦労するが、その一枚さえ見つけにくくなった。

・理由はいくつかあるだろう。ずっと聞き続けてきたミュージシャンの多くは老人になって、積極的に音楽活動をしなくなっている。それに昨年からのコロナ禍だから、ツアーはもちろん、近場でのライブも控えているのだろうと思う。ジョン・プラインなどコロナで亡くなった人もいるし、感染した人もいる。怖がって引きこもっている人もいると聞く。だから、落ち着くまでは当分、新譜は出てこないのかもしれないと思う。

・もっとも、音楽活動ができないのは、若い無名のミュージシャンの方が深刻なのだろう。コンサートホールはもちろん、ライブハウスも使えないし、ストリートで歌うことも難しい。表現活動の制限は、当然、収入減をもたらしている。ほかに定職を持っていない人は、音楽どころではないのかもしれない。文化活動に対する日本の政府の保証は皆無に等しいから、コロナ禍は人材にしても場にしても、文化の芽を摘み取ってしまうのではないかと心配してしまう。

・僕がコンサートに行ったのは5年前のボブ・ディランだった。コロナ禍以前から足が遠のいていたが、ライブハウスにはいつ行ったかも覚えていない。ライブハウスの現状がどうなっているのかについても疎かったのだが、閉鎖されたところが多いようだ。何しろコロナ禍が問題になりはじめた時に、ライブハウスはクラスターが発生する場所として槍玉に上げられたところだったからだ。年末から感染者数が急増して、緊急事態宣言が出された時に、飲食業者には営業の自粛に伴う支援金が給付されたが、ライブハウスは映画館や劇場と同じ扱いにされて、支援金は給付されていないようだ。ライブハウスの多くは飲食を提供する場であるにもかかわらずである。

・宮入恭平が主催するWebの「Tell the Truth」は、そんなライブハウスやミュージシャンが抱えるコロナ禍による影響を伝えるメディアである。昨年の4月に始められ、僕もそこに寄稿した。ライブハウスやミュージシャンの状況、音楽と政治などについていくつか掲載された後、しばらくは月一程度の掲載だったが、12月から掲載頻度が多くなった。「アフターマスーCOVID-19による東アジアのポピュラー音楽文化への影響」が連載されるようになり、Webシンポジウムの「COVID-19によるライブハウス文化への影響~現状報告」、あるいは「ポピュラー音楽と文化助成~COVID-19による影響」といったオンラインワークショップも始まった。ようやく軌道に乗りはじめたようだ。

・欧米に比べて文化に対する政府や自治体の政策が貧弱なのは、コロナ禍に始まったことではない。また、政治や社会に対する批判的な言動や表現に場を閉ざす傾向も根強くある。そういったところに目を向けて、問題を指摘する必要は大事だと思う。けれどもまた同時に思うのは、そもそもポピュラー音楽の源流や、新しい流れのほとんどは、ひどい貧困や差別のなかから生まれてきたものであるということだ。奴隷としての境遇から生まれたブルーズ、移民のなかから生まれたカントリー、植民地だったジャマイカから生まれたレゲエ、イギリスの労働者階級の若者たちのなかから生まれたパンク、そしてアメリカの貧しい黒人たちから生まれたラップ等々である。

・コロナ禍は環境破壊がもたらした人災で、それを指摘し、改善の主張をする動きは、若い世代を中心に世界大になっている。その中やそれに呼応するところから、新しい音楽が生まれれば、それは新しい力になるかもしれないと思う。しかし日本では、そんな動きはほとんど見られない。換骨奪胎された人畜無害の音楽など、この際駆逐されてもいいのでは、などと言いたくなる。

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2021年03月15日 07:44に投稿されたエントリーのページです。

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