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義母の死

・義母が死んだ。享年82歳。今年の春にあったときには元気そうだったのだが、その数ヶ月後に肺ガンで入院したという連絡が届いた。以前から自覚はあったようだが、そんなそぶりは見せなかった。気丈な人で、20年以上、ひとり暮らしをつづけてきた。子どもが小さかったときは、京都から福島まで、毎年夏休みに訪ねて数泊していたが、最近では訪ねることも少なくなって、行ったとしても旅行のついでに数時間の滞在ということが多かった。
・入院してから亡くなるまで、娘であるパートナーは何度も病院を訪ねたが、ぼくも二度お見舞いに行った。最初は抗癌治療をしているときで、髪の毛が抜けるからと言って頭を短く刈ってしまったところだった。身体はまだ痩せてはいなかったが、元気なときとはまるで違う様子で、病気がだいぶ進んでいることは一目瞭然だった。
・けれども、彼女の気丈さは健在で、病院の医者が何も説明してくれないこと、病院や病室が無機質で古ぼけていること、看護士のしつけが悪いこと、あるいは食事のことなど、いろいろと文句をつけていた。たとえば、抗癌治療などをしているときには、食欲などはまるでなくなるのがふつうだという。ところが病院は、それを知っていながら、食べもしない食事を三度三度もってくる。そういった機械的なことがあまりに多く、そして、本当にして欲しいことにほとんど配慮がなされない。義母の感じる不満は至極当然だと思った。
・ぼくが訪ねてからほんの少したって、義母は意を決して病院を変えた。入院した病院は、体調が急変して入ったのだが、それ以前に診察に通っていたのは別の病院で、そちらに移ることを希望したのである。で、二回目は、その新しい病室を訪ねた。病院全体もきれいで、病室も明るかった。主治医も対照的なほど親切で、話をよく聞いてくれると言うことだった。義母は転院を機会に抗癌治療をやめて対処療法に変えていた。だから、落ち着いた様子だったが、一ヶ月ちょっとの間にずいぶん痩せて小さくなってしまっていた。
・新しい病院には音楽療法などが取り入れられ、病室で聴きたい曲を笛で聴かせたりする人がいたようだ。パートナーはその音楽療法士の人と仲良くなり、病院や病人、あるいは医療のシステムなどについていろいろ話したようだ。病院には医者と患者がいて、医者は患者自身ではなくその病気に対処する。だから病人は何より病の人、あるいはその症例でしかないかのように扱われる。こういった状況が問題化されて久しいが、そのことを改める動きがはじまっている。義母の入院はそんなことを目の当たりにする機会になった。
・病を患う人は何より、そのことで精神的な痛手を負った人、病を受け入れることにとまどったり、拒絶したりして動揺する人でもある。だから、そういう人を引き受ける病院には、病気を直接治療する医者やその補助をする看護士だけではなく、カウンセラーや心を和ませる役割を担う人が必要なはずである。ところが多くの病院には相変わらず、そんな役割を担う人は全然いない。それは肉親のつとめだということになるのかもしれないが、誰にでもつきそいができる肉親がいるわけではない。遠く離れて暮らしている。仕事を持っている。子どもの世話に忙しい。家族関係の多様化に病院が対応できていない。そんな病院が今でも多数派だが、新しい試みをするところも、確かに生まれ始めているようだ。
・病院を何度か訪れて改めて気づいたのは、ベッドに寝ている人たちの大半が、コインやカードを入れて見るテレビを友としている光景だった。テレビの役割といえば聞こえはいいが、端から見ていて望ましいものとは思えない。家事が忙しくて子どもに目が届かない母親が、テレビの前に子どもを座らせておくといったことをよく耳にする。幼児ならいたずらをせずに黙ってじっと見ているからということらしいが、病人とテレビの関係は、それとほとんど同じように思えてしまう。子ども扱いというより、人間扱いされていない状況を象徴するものと言えるかもしれない。
・義母は転院をしてから二ヶ月ちょっとでなくなった。短い期間だったが、二つ目の病院での生活は、自分なりに納得がいくものになったようだ。身体が衰弱して思うようにならなくても、内面には昔のままの気丈な心がある。そういった気持ちを維持しながら死を迎えることは、誰もが望むことだろうと思う。けれども、それは現実的にはなかなか難しい。そんなことをあらためて実感させられた。

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2005年11月08日 10:28に投稿されたエントリーのページです。

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