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世論のおかしさ

・内閣の支持率が20%を切った。森内閣以来の低さだという。菅首相がとことん嫌われたことによるようだが、いったいどうしてと考えても、はっきりとした理由が思い浮かばない。確かに大震災や原発事故への対応には、まずさや遅れがたくさんあった。しかし、他の人が首相をしていたなら、あるいは自民党が政権を維持していたなら、もっとうまく対応できたのだろうか。おそらく、誰が、どの党がやっていても50歩百歩だったのではないと思う。だとすれば、首相を変えろという大合唱は、何を意図しているのだろうか。

・一方で脱原発に賛成する人が7割という結果にもなっている。この夏の電力不足を意図的に強調するマスコミ報道や脅迫に近い節電要請にもかかわらず、原発を否定する声はますます強まっているようである。原発の是非に対する新聞の姿勢は大きく分かれはじめていて、脱原発をもっともはっきり打ち出している東京新聞は、企業からの広告収入が減って経営的には苦しいと言われたりもしている。世論を巡る駆け引きは、表に現れないところでこそ激しいようだ。

・自民党の河野太郎が、自分のブログで、自民党の原発行政に対する検証や反省の必要を党内で問うたことが報告されていた。「自民党総合エネルギー政策特命委員会」での質問は、おおよそ次のようなものである。


1.自民党はなぜ、(できもしない)使用済み核燃料の全量再処理法を制定したのか
2.自民党はなぜ、あれだけの反対の中、保安院を経産省の下に設置したのか
3.自民党はなぜ、全ての環境法令について原発を適用除外にしたのか
4.自民党はなぜ、(クリーンではない)原発を、クリーンエネルギーと呼ぶのを認めてきたのか
5.昭和47年に通産省と環境庁のあいだで結ばれた国立公園内の地熱発電の開発の凍結に関する覚書は今日現在有効なのか
6.自民党はなぜ、一部の限られた事業者のみが必要とする高品質の電力を全ての消費者に高価格で供給させてきたのか
7.自民党はなぜ、いい加減な電力自由化を認め、それを口実に必要な情報を隠すことを許してきたのか。

・この会議では、この質問はほとんど無視されたようだ。ということは、自民党では相変わらず、自民党がおこなってきた原発政策についてふり返って検証し、反省しようとしているのは河野太郎だけだということになる。もちろん、このような議論は、民主党内からも聞かれないし、内閣でも、脱原発を表明したのは菅首相だけで、他の大臣たちは各省庁の姿勢の代弁者に留まっている。他の野党も含めて、原発の是非について、しっかりとした現状認識と、それに基づいた見通しを表明できる人がほとんどいないのが現状だと言えるだろう。

・原発を維持したい勢力は再生エネルギーのコストの高さや不安定さを強調して、日本の経済の衰退や豊かな生活の維持の難しさを主張する。しかし、原発事故に費やす費用がいったいどれほどのものになるのかを問うことはない。放射能による被害がこれからどの程度に拡大し深刻になるのかという見通しにも、ほとんど何も言わない。そもそも今払っている電力料金が地域独占の電力会社によって勝手に決められてきたもの(総括原価方式)で、発送電一体によって、安い電気を売り買いする市場がつくられなかったことを考えれば、再生エネルギーが高い料金をもたらすとは限らないはずなのである。

・現在陥っている世論のおかしさは、既得権や利権が不確かになってしまうが故の政局の混乱と、それをはっきり指摘できないメディアに大きな責任がある。だから政局ゲームにばかり注目するのだが、それではますます泥沼にはまりこむしかない。脱原発という方向を軸に、これからの日本を見定めていく。それが多くの人々の声だとすれば、個人的意見でしかない菅首相の「脱原発発言」を内閣の方針にするよう、世論をつくっていく他はないだろう。

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2011年07月25日 05:46に投稿されたエントリーのページです。

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