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H.D.ソロー『ウォルデン』その2;「生きること」について

・栗の実がなってちょっと楽しい思いをしたら、今度はキノコ。ぼくはキノコに詳しくないから近づかないようにしていたのだが、同居人が隣人に教えてもらったといって数種類を摘んできた。それを野菜炒めやみそ汁の具にしてこわごわ食すと、まあまあいける。何より腹が痛くならなかったのがいい。で、今度はキノコ図鑑での学習。春先の野草やバード・ウォッチングから始まって、森の生活は本当に変化に富んでいる。秋になって、周囲にやってくる人びとの数はめっきり減ったが、寂しい思いをすることがない。

・学会の準備でそんな森の生活も上の空だったが、無事に終わって数日間、久しぶりにのんびりする時間をもてた。工房の建築を依頼したログ・ビルダー「Be-Born」の宮下さん宅におじゃましたときに玄関先で見つけた手作りの表札が気に入って、自分でも作ってみたいと思っていたが、ストーブにあたりながら1日半、ナイフと糸鋸と錐を使って作り上げた。材料は白樺で幅は8cm長さは40cmほどある。字と字をどこでどうつなげるか、中はどんなふうにくりぬくか、削っては考えの危なっかしい作業だったが、思った以上のできで、至極満悦!! 充実感いっぱいの一日!!!


・ぼくが森に行ったのは、慎重に生きたかったからだ。生活の本質的な事実だけに向きあって、生活が教えてくれることを学びとれないかどうかを突きとめたかったからだ。それにいよいよ死ぬときになって、自分が結局生きてはいなかったなどと思い知らされるのもご免だ。ぼくは生活でないものは生きたくなかった。生きるとはそれほどに貴いことだ。(137ページ)


・『ウォルデン』を読みながら毎日の生活を見回すと、現代人の生活の危うさを思い知らされてしまう。生きていることの実感がますます見つけにくい反面で、今ほど自分の存在証明をほしがる時代はない。家の周りの動物や植物は刻一刻と表情を変え、雨粒の感触も風の音も変わっていく。すべてが生きていることを精一杯表現していて、それに反応するだけで、自分も生きていることを確認できる気がする。

・どうして僕らはこんなに慌ただしく、こんなにいのちをむだ使いしていきねばならないのか。飢えもせぬうちから餓死すると決めこんでいる。今日の一針は明日の十針などと世間では言うが、その流儀で明日の十針を節約するために今日は千針も縫ってしまう。仕事はと言うと、これと言うものは一つもない。(140ページ)


・もちろんぼくは、ソローが体験したような自給自足の暮らしを始めたわけではない。収入を得る場と生活の場を分けただけの話で、ずるいと言われればその通りと答えるしかない。けれども問題は経済的・社会的な立場と言ったものよりは発想の転換なのだとも思う。自分にとって居心地のいい空間と時間を確保することを第一の価値にする。それがはっきりすれば、そのための方策は後から見えてくるはずだ。「静かなところでいい仕事ができますね。」と言われることが多い。そうありたいという気持ちは確かにある。しかし、森の生活で味わう充実感はそれとは違う形でやってくる。


・一日はぼくの何かの仕事を先導する明かりのように進んでいった。朝だとばかり思っていたのに、それがもうあっというまに夕暮れだ。しかも記憶に価することは何一つ成し遂げていない。鳥のように囀る代わりに、ぼくは途切れることのないぼくの幸運が嬉しくて、黙ったままで微笑していた。(171ページ)

・楽しみを外に求め、社交や芝居見物に余念のない人びとに対して、ぼくの生き方には少なくとも一つ長所があった。ぼくには生きること自体が楽しみとなっていて、ついぞ鮮度の落ちたことがない。ぼくの生活は見せ場がいくつもある終わりのないドラマだった。(172ページ)


・薪を割って乾かす。それをストーブで燃やして夜の暖をとる。木のとげは刺さるし、やけどもする。朝にはたまった灰や煤の掃除。ついでに、庭の落ち葉を掃いて、たまにはベッドを日に干したり、部屋の片づけをしたり。そうするうちにまた、薪割り。こんなふうにして過ごす一日は、けっして単調ではないから、飽きてしまうこともない。何も生み出さないのに無意味な感じもしない。そんな感覚を新鮮に思う自分を再発見。 (2000.10.30)

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2000年10月30日 22:44に投稿されたエントリーのページです。

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