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絶望と幸福

古市憲寿『絶望の国の幸福な若者たち』

・長年大学生とつきあってきて、最近特に強く感じるようになったのは、「彼や彼女たちは、これからちゃんと生きていけるのだろうか?」という心配だ。それとは対照的に、日本の現状はますます暗く、将来的な見通しも立たないような状況だから、「もっと真剣に考えたほうがいいんじゃないの」と、ついついけしかけたりもしてしまう。しかし、反発してくれば、それなりに議論にもなるのだが、黙ってしまって何の反応もなかったりするから、僕の不安が募るだけになってしまう。

journal1-152-1.jpg・『絶望の国の幸福な若者たち』はまだ20代の若い博士課程在学の学生によって書かれている。新聞などの書評でも話題になって、その題名にも惹かれたから、買って読んでみた。この絶望の国で、若者たちはなぜ、幸福な意識を持って生きていけてるのだろうか。結論を先に言えば、「確かにそうかも」と納得できる内容で、重い内容を軽い文体で分析するスタンスの取り方にも、新鮮な印象を持った。

・著者によれば、今若者たちが幸せだと感じるのは、衣食は足りているし、日々の生活を彩るものはたくさんあって、お金が十分ではなくても、工夫次第で、それなりに楽しく暮らせるからだと言う。それは調査においても実証されていて、内閣府によれば、2010年の時点で20代の若者の70.5%が現在の生活に「満足」と答えていて、それは過去40年間で最高の数値になっているようだ。確かに、モノは豊富にあるし、近くにコンビニもあって便利だし、スマートフォンのような情報端末も使えるようになった。日本が世界最高の居心地のいい暮らしを提供してくれる社会であることは間違いないのだろうと思う。

・しかし、その幸福感には、現状についても未来についても、大きな不安感がつきまとっている。僕が学生たちにもっと自覚的になってほしいと思うのは、まさにそこのところなのだが、著者の解釈は、若者たちは無自覚なのではなく、どうしようもないとわかっていて、マクロではなくミクロなところで、自分なりに個人的な方法で対処する道を探っているというものだ。

・確かに、上の世代が日本の現状や将来について心配するのは、国が抱える借金や経済的な衰退、政治的な、そして防衛的な力の弱さであり、少子高齢化に伴う社会保険制度の崩壊といったマクロな問題ばかりである。しかも、このどう改革しても難しい問題に対して、政治家や官僚、そして財界のトップたちは、既得権や目先の利益にこだわり、これまでの政策に縛られて、ますます泥沼にはまってしまっている。

・それに対する現在の若者たちの姿勢は、正面切っての批判や大人たちに変わって改革をといったものではなく、消極的な拒絶や自分なりの個人的な逃げ道の模索といったものだ。彼や彼女たちは、今を幸福だと感じる反面で、社会に対して満足していないし、未来に対する希望も持てないと感じている。あるいは、日本に生まれてよかったと思う反面で、国を愛する気持ちは薄く、国のために戦う気持ちは他国はもちろん、上の世代と比べても低い数値のようである。

・経済が衰退したっていいじゃないか、人口が減っても、社会保険制度が破綻しても仕方がないじゃないか。そうなったらそうなったで、生き方や暮らし方に自分なりの道を探せばいい。もし、多くの若者たちが、そんな自覚を持って現在や未来を見ているのなら、僕はそれは大いに結構なことだと思う。それは未来に対する絶望ではなく、新たな希望にもなるだろう。しかし、学生とつきあっていて、なかなかそんなふうには思えないのが正直なところだ。彼や彼女たちは、豊かで便利な現実を自然視している反面で、将来に対する不安も感じていて、二つの間にある大きな断層の前で為すすべもなく立ち尽くしているように見えるからだ。

・経済成長一辺倒で来た国が、そうではない方向に舵を切るのは難しい。著者が指摘するのは、その反面で、民主主義の浸透が犠牲にされてきていて、若者たちにその埋め合わせというつけが突きつけられているという現状だ。それをどう解決するかはマクロではなくミクロの問題として個々人が何とかすればいい。この本に書かれているのはそんな結論だが、であればこそ、為すすべもなく立ち尽くしているように見える若者たちが気になってしまう。

・この本には3.11以後「世界が変わった」とする言説に対する批判もある。納得できる点もあるけれども、原発やエネルギーの問題について、まったくふれられていない点に強い疑問を持った。若い人ほど影響がある放射能とどうつきあうのか。これは、ミクロのみならずマクロな問題として、誰もが直面している問題のはずである。

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コメント (1)

宮入恭平:

読み終えて、違和感を覚える僕。古市くんは「皮肉な冗談」としてこの本を書いたに違いない、そうであってほしい……。

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2012年06月11日 07:00に投稿されたエントリーのページです。

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