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フレッド・ピアス『外来種は本当に悪者か?』(草思社)

thenewwild.jpg・外来種は動物にしても植物にしても、在来種を駆逐して生態系を壊してしまう。だから、外来種は何であれ、駆除することが望ましい。そんな考えが一般的だろう。日本では、人間に害のある蜘蛛や蚊などが見つかった時に大騒ぎをする程度だが、きわめて厳密に入国を阻止したり、駆除を行っている国もある。たとえばニュージーランドでは、空港で靴の底を洗わされた経験があって、驚いたけれども違和感も持った。牛や馬、それに羊を持ち込んで、農業国として成り立っているんだし、何より最大の侵略者は人間ではないのか。あまりの厳格さに、そんな疑問を感じたからだ。

・フレッド・ピアスの『外来種は本当に悪者か?』は、そんな疑問に明快な答えを与える好著である。世界中の生態系に大きくて急速な変化が生まれるようになったのは、コロンブス以降の話である。それでアメリカやアフリカ、オーストラリアなどの大陸に大きな変化がもたらされた。都市が出来、道路や鉄道で繋がれ、鉱物資源が掘られ、農地が開墾されて、大地は大きく変容し、大気や気候までが変わってしまった。温暖化の影響が如実に表れているから、地球環境をこれ以上悪化させないために努力することが、喫緊の課題であることは間違いない。

・けれどもこの本を読むと、外来種を悪者扱いすることが、事実とは異なるイデオロギーであることがよくわかる。ナポレオンが流されたセントヘレナ島近くにあるアサシン島は緑に溢れた島である。しかし、この島はもともと植物の生えていない島で、緑で覆われるようになったのは、人間がさまざまな植物を持ち込んで植林をしたからだという。あるいはアマゾン川流域のジャングルは手つかずの原生林だと言われるが、そこには人間が作った畑などの遺跡が多数あって、それがなくなったのは、スペインやポルトガルが侵略した後だというのである。つまり、現在のジャングルには数百年の歴史しかないのである。

・あるいはアフリカのジャングルもまた、ヨーロッパ列強が争って植民地化する前には、多様な部族が住んで、家畜を飼い農業を営む土地が多くあったようだ。そして、アメリカ大陸同様アフリカでも、ヨーロッパ人が持ち込んだ雑菌によって、多くの人や家畜が病死してしまったという。中でもひどかったのはヨーロッパから持ち込まれた牛が持っていた牛疫ウィルスによって、アフリカ在来の牛が全滅したことだった。牛や人がいなくなった牧草地がジャングル化するのにそれほどの時間は必要ではなかった。そして植民地にしたヨーロッパの国々は、再生したジャングルを動植物の保護を理由に国立公園化し、人々が住むことや家畜を放つことを禁じた。だから、ライオンや象が生きるアフリカの地は残された自然などではないのである。

・アマゾンやアフリカがそうであるように、現在の地球には手つかずの自然などはどこにもない。この本が主張しているのはこの点である。生態系と言っても、それは決して安定したものではなく、常に変化し続けている。人間が介在して変えてきたことは間違いないが、それはまた、人類の長い歴史の中で絶えず行われてきたことでもある。人類はアフリカで生まれて、数万年の時間を経て世界中に広がった。その過程で変容した環境や生態系は決して小さくはない。近代化の過程で意に反して繁茂し、人間には役に立たないと思われている外来種が悪玉化され、そのすべてが駆除されるべきであるかのように主張されてきた。それは「優生思想」に通じるし、最近の移民や難民を排斥する動きにも繋がっている。

・この本の原題は"The New Wild"である。「自然」や「野生」という概念を新しく定義し直すべきという意味でこのタイトルがつけられている。在来種の保護と外来種の駆除に躍起になるのではなく、その混在をできるだけ自然に任せる。その意味で、現在の地球環境では、都市こそが適しているという。あるいは農業放棄地、工場跡地、そしてチェルノブイリやビキニ環礁といった放射能に汚染された所でも、動植物の生態はにぎやかだという。生態系は壊れやすいかも知れないが、すぐに形を変えて復活する。自然の力はたくましい。ただしそれが人間にとって、好ましいかどうかはまったく別の問題である。

・現代の人間が地球環境に与えてきた影響は、人類を始めとしてさまざまな生物の生存を脅かすかもしれない。しかし、自然は必ず生き延びる。環境の変化に対応できるように進化したり、新しい生命が誕生したりするからだ。たとえ人類が滅びても、地球上にはまた、多様な生物が繁栄する。それならそれでいいのかも知れない。そんな読後感を持った。

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2018年09月17日 06:11に投稿されたエントリーのページです。

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