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宮沢孝幸『京大おどろきのウィルス講義』

corona1.jpg・新聞の書評欄で見つけて、読みたくなった。欧米ではワクチン接種が進んで、鎮静化しつつあるが、変種のウィルスによってまた、感染者が増えたりもしている。この新型コロナ・ウィルスとは一体何者なのか。そんな疑問を持ち続けていたからだ。読みはじめて感じたのは、ウィルスというものの複雑さや深遠さで、克明にメモを取って読まなければ理解もしにくいし、頭にも残らないということだった。しかし、久しぶりにノートを取りながら読んで、新たな世界が開けたような気になった。

・当たり前だがウィルスは人類の誕生よりはるか昔から地球に存在してきた。生物でも無生物でもなく、他の生物に寄生して生き長らえてきた。著者は獣医学の専門家で、ウィルスの研究者だが、ヒトに比べて動物に寄生するウィルスについては、これまであまり研究されてこなかったと言う。エイズ・ウィルスやSARSコロナウィルスが登場してヒトに危害を及ぼすまでは、動物に寄生するウィルスは、研究対象としてはほとんど無視されてきたというのである。

・今、世界中を襲っている新型コロナ・ウィルスに研究者はもちろん、世界中の人びとが恐れ、翻弄されているわけだが、獣医学の分野でウィルスを研究してきた著者にとっては、それほど驚くことではなかったようである。そもそも、人に感染するウィルスは、動物に寄生しているウィルスのごく一部にすぎない。ウィルスは野生のあらゆる生き物はもちろん、牛や馬といった家畜や犬や猫などのペットにも寄生している。それが、突然変異をおこしたり、他の生物に感染した時に、悪さをするようになるのである。

・新型コロナウィルスは正式には"SARS-Cov-2"と名付けられている。コウモリ由来で、2002年に流行したSARSコロナウィルスに近く、その弱毒型のバリエーションにすぎないようである。しかし、弱毒型である故に多くの人に感染し、世界中に広まってしまっているというのである。確かにスプレッダーと言われる人の多くは無症状で、自分が感染していることに無自覚だったりするのである。感染集積地を特定したらできる限り多くの人にPCR検査をして、感染の広がりを防ぐようにする。その感染防止のイロハが、日本では未だに行われていないのである。

・生物の細胞内にはDNAという身体の設計図があり、これがコピーされてRNAという手続き書になり、それをもとにたんぱく質が作られるという仕組みがある。それによって細胞が絶えず作られ、成長したり、新陳代謝をおこしたりするのだが、ウィルスにはRNAの遺伝情報を持って生き物の細胞に入り込み、そのRNA情報をDNAに変換させて、寄生した細胞のDNAに付け加えさせてしまう種類があって、「レトロウィルス」と名付けられている。このウィルスの目的は、進入した細胞を使って自らを再生産することにあるのだが、感染した細胞にはこのウィルスのRNAがDNAとして残ってしまい、悪さをされることがあるのである。

・典型的には「成人T細胞白血病」を引き起こす「ヒトTリンパ好性ウィルス」(HTLV)やエイズを起こす「ヒト免疫不全ウィルス1型」(HIV-1)があって、どちらも感染すれば死の危険があって恐れられたものである。しかし、生物には「レトロウィルス」が入り込むことを利用して、新しい臓器を作り出すという進化の仕組みも見られるのである。この本で紹介しているのは著者の研究テーマでもある哺乳類の胎盤と「レトロウィルス」の関係である。卵子と精子が結合して受精卵となり、それが胎盤に着床して子宮の中で成長していく。この時母胎が受精卵を異物として攻撃しないよう制御するのが、ウィルス由来のDNAだというのである。

・この本ではさらにiPS細胞と「レトロウィルス」の関係にも話を進めている。読んでいて、ウィルスと生物の関係の複雑さと深遠さを、改めて教えられた気がした。コロナ禍は個人にとっても、国や世界にとっても大変深刻な問題だが、地球やそこで生きる生物が辿ってきた長い歴史という視点にたてば、ウィルスが欠かせない存在だったことがよくわかる1冊である。

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2021年07月05日 05:47に投稿されたエントリーのページです。

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