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伊藤守編著『ポストメディア・セオリーズ』(ミネルヴァ書房)

postmediatheories.jpg・オーソドックスなメディア論はメディアの種類や特性ごとに分類して行われてきた。新聞や雑誌といった印刷物、ラジオや電話といった音によるもの、そしてテレビや映画などの映像によるものである。もちろん現在でも、それぞれのメディアは別々に存在していて、独自なものとして扱われている。けれどもまた、それらのメディアから発信される情報や作品は、パソコンやスマホで見たり聞いたり読んだりすることがあたりまえになった。たとえば電車の中でよく見られる光景は、新聞や雑誌、あるいは本を読むのではなく、スマホを見つめる乗客たちである。この変化をメディア論はどう扱うのだろうか。この本が狙うのは、そんな変化の理論的な考察である。

・メディアにおける大きな変化の根幹にあるのは、アナログからデジタルヘの移行である。それは個々のメディアにあった紙や音や映像といった特性や垣根を超えて一つにしてしまった。そして、この新しいメディアはマスメディアが特権的に所有していた一方向性という特徴を崩して、誰もが送り手になりうるという双方向性を可能にした。しかし、アナログ・メディアがそれぞれに持っていた固有な特徴が消えてしまったわけではないし、双方向性の実現がメディアの民主化をもたらしたというわけでもない。そんなポストメディア的な状況は、極めて複雑で渾沌としていて、また絶え間ない変化を伴っている。

・このような難しい課題について、この本は「マシーン(機械)」「フォルム(形式)」「デザイアー(欲望)」「アルケオロジー(考古学)」の四部構成で展開している。そのすべてを紹介することはできないので、興味深かった発想や視点をいくつか取り上げることにしよう。

・ひとつは映画やテレビ、パソコンやスマホなどを「スクリーン」として一括して捉えるという視点である。とりわけパソコンとスマホは、映画作品もテレビ番組もネットを介してみることができる。それは場所も時間も規制されないし、もちろん、その持ち主や仕事や遊びといった使用目的にも限定されない。公共の場にたまたま集う人たちは、それぞれが「スクリーン」を手にしていても、その使い方はさまざまである。このような現状をどう理論化していくか。それは「部分部分の描出の積み上げ自体が全体の認知を導くような枠組みとしての理論を複数実装」する必要性だという。

・デジタル・メディアが提供するコンテンツには必ず、特定のフォルムがある。文字にはUnicodeなどの符号化形式があるし、音や映像にはmpgやmovといたファイル形式がある。アナログのデータはこのようなフォルムに変換して初めて、文字や音や映像として、スクリーンに再現させることができる。ただし、再現されたものの本質は、何にしても、0と1の数字の並びに過ぎない。アナログ(オリジナル)とデジタル(コピー)は同じものだと言えるのかどうか、といった疑問があるし、デジタル化されたものには加工が容易だといった特徴も生じた。

・この本では大きく取り上げていないが、検索サイトから出発した「Google」や、「Twitter」、「Facebook」,そして「LINE」といったSNSの場や多種多様なゲームの世界が、それぞれ独自のフォーマット(プラットフォーム)によってできていることは言うまでもない。この「プラットフォーム」には技術的な問題だけでなく、当然、政治的、経済的、そして社会的問題がつきまとう。「GAFA」はそれぞれ巨大な「プラットフォーム」として世界の政治や経済、そして社会を動かす存在になっているが、また、その場は、影響力の強い政治的発言の場となり、有名人を生み出し、巨額な収入を得る場ともなっている。買い物の仕方を変え、音楽や映画、そしてスポーツの享受の仕方も変えたことは言うまでもない。

・このような変容をどう捉えたらたらいいのか。この本の最後で語られているのはメディアのアルケオロジーである。もう一度古いメディアに立ち返って、そこから現在の状況を問い直してみる。それをメディアに関する技術と理論、そしてメディアがもたらした社会、さらには人間の意識下の動きから考えるというのは、極めてまっとうな方法だと思う。しかも重要なのは、既存の主流のメディア論ではなく、「傍流のメディア思想」だと言う。もちろん、この本はその出発点に立っている。

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2021年08月23日 05:09に投稿されたエントリーのページです。

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