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初心を忘れず

Neil Young "Living with War", Bruce Springsteen "We Shall Overcome"

・ニール・ヤングとブルース・スプリングスティーンが、どういう関係かよくわからないが、ふたりはよく同じ場面に登場する。エイズをテーマにした映画『フィラデルフィア』ではスプリングスティーンが導入部の、ヤングがラストの主題歌を歌っているし、9.11直後の追悼番組でも最初がスプリングスティーンで最後がヤングだった。あるいは、最近ふたりが出すアルバムにはDVDがよく付属している、といった共通点もある。それからもう一つ、これが一番大事だが、アメリカ社会や政治、そして文化の現状について、人一倍の危機感を持っていて、それがアルバムのコンセプトになっていることだ。
young2.jpg・ニール・ヤングの"Living with War"はその題名通り、アルバムのほとんどが反戦歌で占められている。歌詞はどの曲も率直なものだ。

「この庭がなくなった後で、人は一体何をするんだ?」"After the Garden"


「毎日戦争と一緒に生きている。心には戦争のことがある。
平和に手を上げて、思想警察の法律になど屈服しない。」"Living with War"


「落ち着きのない消費者が世界中を毎日駆け回っている。
おいしさとおしゃれの欲のために。」"The Restless Consumer"


「1963年のボブ・ディランの歌を聴いてみろ。
<自由の旗>がはためくのを見よ。」"Flags of Freedom"


「この国を誤った戦争に引き込んだ大統領の嘘を弾劾せよ。
我々の力を浪費させ、我々のお金を外に投げ捨てた。」"Let's Impeach the President"


springsteen2.jpg・スプリングスティーンの"We Shall Overcome" にはトラディショナル(伝統的)なフォーク・ソングが集められている。タイトル曲はピート・シーガーが作り、黒人に対する人種差別に反対する運動などで歌われたが、マルチン・ルーサー・キング牧師の「私には夢がある」という演説とならんで、公民権運動には欠かせない一曲になった。

・アルバムにおさめられている曲の多くはピート・シーガーがアラン・ロマックスとアメリカを回って集めたものだ。どれもポピュラーになってよく歌われるが、最初のものとはずいぶん変わってしまったものもある。それを最初に戻って歌ってみる。そこには、シーガーが残したものを語り継ぐという使命感もあるようだ。録音は彼の自宅の居間でおこなわれ、シーガーに近いミュージシャンたちが集められている。フォーク・ソングにしても、黒人のブルースにしても、各地に散在し、埋もれかけていたものを集める作業をした人がいる。それが現在の音楽の出発点になっていることを、多くの人は忘れているし、若い人には知らされていない。

・だから、古いものを出発点に戻ってやり直してみる。それは最近のディランのアルバムにも見られる姿勢だ。ピート・シーガーとの関係でいえば、もちろん、ディランの方がはるかに近い。ウッディ・ガスリーやピート・シーガーに憧れて歌を歌いはじめたディランは、メッセージ性の強いフォーク・ソングをつくる若手として、彼らから期待をかけられた。ニール・ヤングが「1963年のボブ・ディランの歌」と歌っているのは「風に吹かれて」のことで、この歌は"We Shall Overcome" とならぶ60年代を代表するフォーク・ソングになっている。

・そのディランはギターをエレキに持ち替えて、シーガーとは一線を画したし、彼が始めたフォーク・ロックのスタイルからニール・ヤングもスプリングスティーンもスタートした。そんなフォークの第二世代や第三世代が、今、共通して、初心に帰っている。ノスタルジーではなく、できるだけ昔のままのものを求め、それを若い世代に伝えようとする姿勢には、スターという立場とは無関係な、アメリカの歌を語り継ごうとする意志がある。あるいは、何か訴えたいことがあったら率直に、素直に声に出す。そんな表現の仕方の大切さを訴える気持ちもある。

・初心に戻るのはノスタルジーに浸るのとは違う。それは現在から過去を懐かしむのではなく、過去に戻って、そこから現在や未来に向けてやり直すことだ。あるいは現在までの道のりをたどり直してみる。ディランはもちろん、ヤングもスプリングスティーンもそういう年齢になったといえるのかもしれない。彼らのメッセージを若い世代はどう受け止めるのだろうか。(2006.07.17)

コメント (2)

takashi:

渡邊先生
ノスタルジーについて触れていただいてありがとうございます。
ブルース・スプリングスティーンやニール・ヤングが過去を振り返りつつ現在に伝えようとする姿勢というのは、
まさに「今を生きている」んだなと感じました。実際、聴いていてそう思います。
この話で思い出したのは、(先生は苦手かも知れませんが)小田和正でした。
小田さんも「LOOKING BACK」というセルフカヴァーアルバムで自分の過去の曲を歳を経るにつれて気がついた
「もっと伝えたかった形」につくりなおしたんだそうです。その一方で、企業やドラマのタイアップなどを
敢えて積極的に取り入れつつ新しい曲を創っています。「団塊」の同世代の人への想いもあるけれども、
必ずしもそれだけに囚われてはいないところもいいなと思います。
昨年の夏、実は初めて万博公園の野外コンサートを観にいったのですが、
お客さんと触れ合う為に外周数百メートルの舞台をせり出して、
そこを息を切らして走ったりしながら歌ってもいました。
あの歳で本当に凄いなーと思うと同時に、いい想い出にもなりました。
お客さんと自分の曲ではない日本の名曲数曲を合唱したり、
最後にサックスまで披露して常に挑戦的な姿を観て感動しました。
来場していた人も1万人以上いたそうですが、年齢層も老若男女さまざまでした。
若い頃は結構気取りがあったり、政治的にノンポリだったりして
そういったところが嫌いな人もおられるかもしてませんが、
その一方で、あれだけ商業的に大物になったのに徹底したエンターテイナーに徹して、
サービス精神を失っていない現在を観ていて、尊敬に値すると思いました。
小田和正も間違いなく「今」を生きてるなと感じました。
こういうことが出来るのは本当に一握りの才能のあるひとだけなのかもしれませんが、
見習いたい思いがしました。
こういった人たちは「ノスタルジー」をしっかりと昇華しているんだと思います。
先生の文を読んでいるとそんなことを思い出したりしました。

jerry:

ブルースとニールのアルバムでギターを弾いている小さな男=ニルス・ロフグレンが大好きです。89年にリンゴ・スターと一緒に来てくれました。ブルースの相棒クラレンス・クレモンズも・・・。楽しいステージでした。

そういえば、ニルスのアルバムでブルースがハモっていたり、ニールがハモっていたりしていました。ニールのアンプラグドライブには、お返しにニルスが出ていましたね。

ニールもブルースも、アルバムほとんど持っています。
最新作、共に素晴らしい。今の大学生ってこういった音楽聴いていらっしゃるのでしょうか?

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2006年07月17日 22:47に投稿されたエントリーのページです。

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