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野茂とイチロー

・WBCでの日本の活躍で、今年は春から野球を満喫した。韓国に連敗して「もうおしまい」と思ったところで生き返ったから、注目度はいっそう増したようだ。審判のおかしな判定、というよりはそれ以前に、中立国の審判をおかないという奇妙な大会への批判などもあって、改めて、野球のローカルさを露呈したが、アメリカが必ずしも強いわけではないことが証明されて、おもしろかった。

・ただし、「感動をありがとう」とか、日韓のナショナリズムをめぐるやりとりなどには閉口である。たかが野球、されど野球。それ以上でも以下でもないのに、やっているのは選手たちで、それ以外は見て楽しんでいるにすぎないのに、例によってメディアは騒ぎすぎで、それに乗って浮かれる人たちが多すぎる。何で帰国した選手たちを成田まで迎えに行こうなどと思うのか。ぼくは理解に苦しんでしまう。自分自身のまわりには何も夢中になるものがないのか、メディアに登場したものでないと心やからだが動かされないのか。そんな傾向がやたらと目立つ昨今である。

・とはいえ、ぼくも試合以外の野球関連のテレビ番組をよく見た。関心をもったのはイチローの豹変ぶりである。アメリカに行ってからの彼は、まるで孤高の武道家のように振る舞ってきた。それが、日の丸を背負ってはしゃぎまわったから、おやおやどうした心境の変化かと興味を感じた。王監督に敬意を示し、代表選手とのあいだに一体感を自覚する。勝つことに飢えていたのか、本当は意気投合できる仲間が欲しかったのか、とにかく、彼についての印象が様変わりしたことは間違いない。

・2月にBSでイチローと矢沢永吉の対談番組があった。タイトルは「ヒーロー〜」だったと思う。うんざりして途中でチャンネルを変えてしまったが、二人のナルシストぶりや、自分をヒーローだと信じて疑わない姿勢には呆れてしまった。人にはできない何ごとかをなした人間には、そのことを自慢して語る資格がある。かれらから伝わってくるメッセージは、その一点に尽きたが、お互いよく似た者同士であることがよくわかった。

・イチローはこの冬に、テレビドラマにも登場したようだ。役者としてのイチロー。ぼくはドラマは見ていないが、それは大いに可能性があると思った。彼はかっこうよくありたい、他人から羨望のまなざしで見つめられたい、ということをつねに意識してふるまっている。そんな特徴は以前から感じていたが、矢沢との対談で、そのことを確認し、WBCのはしゃぎぶりではっきりと確信した。実はぼくは、デビューした頃から、彼が大嫌いである。それは、ずっと、野茂に対する敬愛の気持ちと対照をなしてきた。

・野茂は去年デビルレイズで日米通算200勝を達成したが、7月には解雇されて、その後のシーズンをヤンキースのマイナーで過ごした。先発ピッチャーに穴が空けば、出場のチャンスもあったのだが、マイナーの試合ばかりでシーズンを終えた。メジャーで長年活躍した選手がマイナー落ちするのは屈辱である。プライドを気にする人ならとても堪えられることではない。しかし、野茂は例によって飄々として、メジャーで投げられるように頑張るとだけ言いつづけた。マイナーの選手であれば、練習や試合の後にグラウンドを整備したり、移動がバスであったり、食事がハンバーガーだけだったりする。しかし、野茂はそのことにつらさやみじめさを感じているそぶりは見せない。「借金かかえて大変だったんだよ。頑張ったんだよ」と自慢げに話す矢沢永吉とは大違いで、野茂の口からは、「メジャーでもっと野球をやりたいから」という以外のことばは出てこない。

・野茂は今年、なかなか所属先が決まらず、メジャーのキャンプが始まってずいぶんたってから、ホワイトソックスとマイナー契約を結んでキャンプ地に出かけた。ホワイトソックスは去年のワールド・チャンピオンで投手力のよさには定評がある。ローテンションに入りこむ可能性が一番厳しいチームをなぜ選んだのか。理解に苦しむが、ほかに受け入れてくれるところがなかったとしたら、ずいぶん見くびられたものだと思った。

・野茂はそのキャンプでも目立った成績を残せずに、シーズンをマイナーではじめた。果たしてメジャーにあがれるのか、マイナーで投げつづけるのか。メディアはほとんどなにも伝えてこないから、すでに忘れられた存在になってしまっている。しかし、ぼくはそれを見捨てられたなどというふうには思わない。野茂は、瞬間的なヒステリーと記憶喪失症が常態化したメディアからは無関係なところにいて、誰がどう思うかなどということは気にせず野球を楽しんでいる。こういう人を現代の「ヒーロー」というのだと改めて感じた。 (2006.04.10)

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2006年04月10日 23:25に投稿されたエントリーのページです。

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