東京経済大学とグローバル社会#2

グローバルな視点で
日本の有り様を考えよう

日本社会のこれからを思考する際、グローバルな視点は欠かせない。
西下彰俊教授(現代法学部)と関口和代教授(経営学部)は、 高齢者福祉と人材マネジメントという各分野を、
海外研修を通して見つめる。

  • 西下 彰俊 教授

    現代法学部

    西下 彰俊教授

    東京都立大学大学院博士課程修了。主な担当科目は、高齢者福祉と法、福祉調査、福祉論

  • 関口 和代 教授

    経営学部

    関口 和代教授

    亜細亜大学大学院博士(経営学)。主な担当 科目は、人的資源管理論、産業心理学

常識を疑うことから
始めよう

ゼミでの研究テーマを教えてください。

西下日本の高齢者福祉のあり方を、スウェーデン、韓国、台湾といった諸外国との比較分析を通して考えるゼミです。今年度は特に「虐待の社会学」にテーマを絞り、障がい者や児童をも含めて「虐待がなぜ起こるのか」「どのようにして防ぐか」、諸外国と比較しながら、それぞれが個人研究にまとめています。人は多かれ少なかれ、外国に対して偏見や思い込みがあるものです。例えば、高齢者福祉に関して「スウェーデンは素晴らしい」「韓国は日本より遅れている」などと思ってはいませんか?そういった思い込みから脱却し、各国の長所や短所を客観的・多面的に理解すること、そして日本がめざすべき姿を考察できるようになることを目的としています。

関口経営資源のひとつである人材をいかにマネジメントするか、という人的資源管理の基礎を学ぶゼミです。昨今は、企業活動のグローバル化や働き方改革によって雇用環境が大きく変化しています。そんななか、日本企業が今後どのような人材マネジメントをすべきかを国内外の実践例をもとに、調査・研究しているのです。人材の能力を最大限引き出すという点では、人事に携わる人はもちろん、企業のどんな部署に行っても、あるいは企業以外のさまざまな組織においても大いに役立つはずです。また、年代や考え方、習慣が違う人との協働のあり方を探ることは、コミュニケーション能力を高める格好の訓練にもなると思います。

海外に身をおくことで
感じられるもの

ゼミでは海外研修を実施されていますね。

関口海外研修先は、日本の企業が今後マーケットとして、あるいは生産拠点として想定しているであろう国を優先的に選ぶようにしています。これまでに訪れたのは、中国、ミャンマー、スリランカ、ベトナム、トルコ、デンマークなど。10日間ほどの滞在中は、多いときで8社ほどの企業を訪問し、企業の取り組みや人材育成について調べます。日本人が現地社員をマネジメントする際は、「上司へ報告する習慣がない」「人前で叱るのはNG」「家族と過ごす時間を優先する」など、日本での“当たり前”が通用しない場面も多く、日々苦労は尽きないようです。印象的なのは、そんな苦労話をしつつも「皆さんも(日本を離れて)こっちに来るといいですよ」とおっしゃること。海外で働くことの難しさとそれ以上の充実ぶりを、ゼミ生たちも感じとってくれていると思います。

西下我がゼミの研修先は、主に韓国です。6日間と比較的短期間ですが、介護施設や公的機関など10カ所以上も回って調査するのでなかなかハードです。現地では、施設の様子や職員の労働環境を見学し、虐待を防ぐための取り組みなども調査します。ちなみに韓国には、「国家人権委員会」という独立機関が存在し、社会的弱者の人権保護にあたっています。さらに、虐待の調査・防止には「社会福祉士」という国家資格を持った専門家が対応します。一方、日本において高齢者虐待に対応するのは、市区町村の介護保険課と地域包括支援センターであり、専門機関は存在しません。人権を守るための社会的な仕組みは、韓国の方が整っているといえるでしょう。もちろんこれは一例であり、日本の制度の優れた点も韓国の制度の課題もあります。要するに、世界のどこを探しても「ユートピアはない」のです。それぞれの国の長所や短所を理解したうえで、国民一人ひとりが望ましい日本社会のあり方を考え、そして選択していくことが大切なのだと思います。

現地での学生の様子はいかがですか。

関口研修先は途上国が多いため、最初は戸惑って「もう帰りたい」とこぼす学生もいます(笑)。それでも1週間も経つとすっかり馴染んで、現地の子どもたちと一緒に写真を撮ったり、ローカルレストランでなんでも美味しそうに食べたりしているもの。現地の大学生と交流する機会も多いのですが、英語が得意でないゼミ生も身振り手振りで楽しそうにコミュニケーションをとっていますよ。そして皆が大いに刺激を受けるのが、同年代の学生の学びに対するモチベーションの高さ。「大学に行けることが当たり前じゃないんだ」「もっと真剣に頑張らねば」と思いを新たにするゼミ生はすごく多いですね。研究の深度という点では未熟なところもありますが、まずはさまざまな心理的なハードルを取り除き、多様な世界に触れることが第一歩。帰国後、たくましくなったゼミ生の姿を見られるのは非常にうれしいですね。

ゼミでの経験が
社会人人生の支えに

グローバル人材」とは、どのような人材なのでしょう。

関口“book smart”と“street smart”という言葉があります。「高い教育を受けているけれど世情に疎い」、「教育は受けていないかもしれないけれど経験値が高い」というような意味で使われることが多いのですが、それらのバランスが取れている人ではないかと考えています。ベースとなる知識・教養と思考力があり、柔軟に行動できる人。それは、東経大が掲げる「考え抜く実学」の理念にも通じるものだと思います。

西下グローバル人材とは「多様性に対する寛容さ」を持ち合わせている人ではないでしょうか。福祉の分野でいうと、いまインドネシアやフィリピン、ベトナムなどから介護・看護に従事する候補者が来日しています。例えばこういった日本で働く外国人の考え方や文化を理解し、受け入れ、協働すること。それも立派なグローバル人材の一要素だと思います。

実りある大学生活のためのアドバイスを。

西下近い将来の夢すら語れない学生が、一定数いることが気になっています。そもそも自分の向き不向きがわからない、どんな業界があるかもよく知らない、というのです。こんな状態で就職活動に送り出すのは大変心配です。ぜひ、大学に入る前から「人生のビジョン」を持っておくこと。自分にはどんな適性があるのか、どんな人生を送りたいのか、漠然とでもいいので考えておいてください。その後、いくらでも方向転換していいのですから。それから、ゼミでの苦労をいとわないでほしいということ。私のゼミでは研究と並行して、社会貢献活動にも力を入れており、2012年から仙台の仮設住宅を訪ねてコミュニケーションをとりつつ草取りや清掃を行うボランティアを実施してきました。15年連続で大学祭のゼミ展示もしてきました。それ以外に、国分寺の高齢者施設で懐メロを披露する音楽ボランティアというのもあります。これらの活動はもちろん相手方のためですが、同時に皆さんの世界を広げてくれる貴重な経験でもあるのです。ゼミという場で、個人では得がたい豊かな時間を存分に過ごしてほしいと思います。

関口私も同感です。単位数のことだけ考えれば、ゼミに入るよりも講義を受けるだけの方がはるかに効率的ですが(笑)、大学生活はゼミに入ったほうが絶対に実り多いものになるはずです。ひとつのテーマを深掘りできることや生涯の仲間ができることはもちろん、ゼミでの課題をやり遂げたという経験は自己肯定感・自己効力感にもつながります。結果に基づく「自信」がある人は、就職活動やその後の社会人人生における壁をうまく乗り越えていけるという調査研究もあるのです。大学生活とその後の長い人生を充実させるためにも、ぜひゼミでじっくりと学びを深めてほしいですね。