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2019年度 第53回 経済学部 長岡 貞男 教授

お寿司をつまみながらイノベーションを考えた。経済学部 長岡 貞男 教授 お寿司をつまみながらイノベーションを考えた。経済学部 長岡 貞男 教授

NAGAOKA Sadao
東京経済大学 経済学部教授
マサチューセッツ工科大学経済学博士。マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修士及び東京大学工学部計数工学科卒業。主な担当科目は、経済政策、計量経済学。著書に『イノベーション・マネジメント入門』『産業組織の経済学:基礎と応用』『生産性とイノベーションシステム』『Drug Discovery in Japan』(いずれも共著、編著)ほか。

そもそも「イノベーション」って、何ですか?

 皆さんが日々使うスマホを例に考えてみましょう。例えば、GPS機能でナビゲーションをしてくれる道案内アプリは、"新たなサービス"のイノベーションです。スマホは新しいアプリ開発の利用を容易にし、Uber、You Tuberなどサービス分野のイノベーションの苗床になっています。スマホは、情報処理や通信を担う半導体回路を多数搭載していますが、その半導体の集積率を圧倒的に引き上げる"新たな生産方法"のイノベーションが、スマホの持続的な高機能化を可能としています。更に、スマホが、位置の把握や運動方向の把握をする部品など"新たな製品" のイノベーションを促し、これを活用したドローンなどの製品イノベーションも派生させています。
 また去年、京都大学の本庶佑先生の研究がノーベル医学生理学賞を受賞したことは記憶に新しいと思います。本庶先生は、免疫細胞の中にあるブレーキ役の分子を発見し、がんがこの分子を利用して免疫による攻撃から逃れている仕組みを解明しました。その研究成果を元に開発されたのが、がん治療薬のオプジーボで、すでに様々ながんの治療に使われています。これは、従来なかった新たな"製品"を提供した画期的なイノベーションです。
 このように、新たな「知識」「技術」が、新製品や新サービス、新たな生産方法や組織のあり方による「価値」を社会にもたらす現象を「イノベーション」というのです。

イノベーションの源泉は「知識」なのですね。

 その通りです。例えば、1日あたり数千万人もの患者が服用している薬があるように、あるいは数億人以上の人に利用されるPCのOSがあるように、イノベーションの恩恵は、多数の人・企業が"同時に・何度も・いつでも"享受できます。これは、イノベーションの重要な源泉である「知識」の特性の一つで、「利用における非競合性がある」といいます。だからこそ、イノベーションは社会に多大な影響を及ぼすのです。
 一方、この知識の非競合性ゆえ、イノベーションには常に『ただ乗り』という問題が付きまといます。もし、多くの時間・資金を投じ多くの失敗や試行錯誤の上で実現されたイノベーションの利益が適切に確保されないのだとしたら、そのインセンティブは失われてしまいますね。イノベーションの成果を広く社会に普及させるとともに、その動機づけをするために、特許制度をはじめとする知的財産権制度のあり方も非常に重要なのです。

ゼミでは事例研究に注力するそうですね。

 学生たちは自分なりの問題意識を持ち、ユニークなテーマで研究に挑んでいます。例えば、iPhoneユーザーのある学生の問題意識は「Appleはなぜ既存の技術で業界トップでいられるのか」。Androidと比較して機能・デザイン性に大きな差がないのにもかかわらず成功している理由を、OSの開発をはじめとする垂直統合や、音楽・映画などのサービス事業の拡大など、幾つかの観点から検証しました。
 また、「スシローの優位性を支えるイノベーションの源泉は」「富士フイルムが多角化に成功したのはなぜか」「2000年にジャスダックに上場した55社の現在」など、テーマは様々。力不足な点も多々ありますが、世の中の動きを若者なりの視点で敏感に感じ取り、自分で研究してみようという気概が感じられ、ゼミでの議論の中で、研究が深まっていくのを見るのは、嬉しく思いますね。

先生のご研究について教えてください。

 イノベーションを促進するための制度や政策のあり方について研究しています。特許制度を例にあげれば、発明の革新性と特許権の権利範囲との関係、特許の公開制度の効果、多数の特許権が使われている標準必須特許などのライセンスのあり方、特許権の組織間移転の効果、発明者へのインセンティブのあり方などです。前述の本庶先生は、臨床への応用にあたっていくつもの製薬会社に断られたと同時に、その用途発明の公開が米国のスタートアップ企業の参画を促したことを明かしていますが、発明がイノベーションとなるまでの最適な仕組みを整えることも大切です。
 イノベーション創出における日本企業の強みですか? 研究者個人のイニシアティブや能力発展を尊重した長期的な視点からの経営が可能であること。本田技研工業のビジネス・ジェットはその良い例ですし、日本の革新的な創薬はしばしば「闇研究」の成果に基づいていますが、おそらくこれは日本的経営の中でこそ可能であった面があります。また、組織内の計画的な人事異動、本田技研工業の「ワイガヤ」(部署を超えた雑多なコミュニケーション)のように組織間の情報共有、個々の職務の範囲を明確に決めない日本企業の"曖昧さ"も、イノベーション創出に時にプラスに働くこともあるようです。イノベーションには多くの工夫を組み合わせる事が重要で、チームワークが重要だからです。もちろん、すべての経営の仕組みには良い面と悪い面があり、米国では個人のイニシアティブや研究の多様性は、組織間の人の移動やスタートアップで発揮されていますが、日本ではこれば乏しい問題があります。

企業・業界を見る目が鍛えられそうですね。

 イノベーションの仕組みやプロセスを学ぶことを通して、皆さんは「世の中は変わっていく。また変えていくこともできるのだ」と実感するでしょう。どんな企業・業種であれ、イノベーションの過程では大きな変革が起き、同時に様々な困難や摩擦も生じます。それでもその成果は、時に経済・社会環境を根本的に変えるほど大きなものになり得ます。イノベーションは企業や業界の動態を見る上で非常に重要な視点だと思います。
 また、1万字のゼミ論文執筆は、問題意識を持って主体的に物事に取り組むきっかけになることを期待しています。自らリサーチクエスチョンを立て、データを収集し、先行研究を調べ、考え、まとめ、発表をし、コメントを受けて改善をする。誰かの指示を待つ受け身の姿勢ではなく、「主体的に道を切り開いていく力」を大学時代に身につける一助となることを願っています。

Students'VOICE長岡ゼミで学ぶ学生の声

小山拓朋さん(経済学部3年)
家電量販店でアルバイトをしていた時、テレビやオーディオの新商品に対するお客さんの反応を見てイノベーションに興味を持ちました。ゼミでは、皆が個人研究に取り組み発表するので、幅広い業界について知ることができるし、自分の研究のヒントにもなります。いま注目しているのは、音楽配信サービス。Apple社が今後どうユーザーを取り込んでいくのか調べてみたいです。長岡先生は、多忙にもかかわらず常に的確な意見をくださる方。だからこそ僕らも手は抜けません(笑)。「将来何をしたいか分からずモヤモヤしている」という人にも長岡ゼミはオススメ。研究を通して多様な業界のことを知ることができるので、自分の進路を考えるのにも役立つと思いますよ。

※掲載されている教員・学生の所属学部・職位・学年及び研究テーマ等は、取材当時のものです。