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2015という年

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・2015年は公私ともに,大きな曲がり角になった。それを、この1年にブログに書いたことでふり返ってみようと思う。

・パートナーが脳梗塞で倒れたのは正月の4日だった。救急で行った病院の医者の誤診もあって入院が遅れたが、左半身不随の兆候が出て,リハビリを含めて70日間入院をした。イタリア旅行を予定していたのだがもちろんキャンセルして、一時は退職も考えた。不幸中の幸いで順調に回復をして、家で日常生活を過ごすことができるまでになった。しかし、山歩きをしたり,海外に出かけたりすることができるまでには、まだまだ時間がかかると思う。その意味で、これからのライフスタイルにも大きな変更が必要になった。→「脳梗塞とリハビリ」 「心と身体」 「一人暮らし」 「手摺りをつけた」 「どこにも行かない夏」

・1月には京都のほんやら洞が燃えたという出来事もあった。僕にとっては20代の自分を象徴するような場所だったから、つくづく、一つの時代が消えたことを強く感じてしまった。また7月に鶴見俊輔が亡くなった。僕は個人的に近かったわけではないが、大学生の時から大きな影響を受けて、研究者になったのも彼なしには考えられなかった。93歳と長命だたから驚きはなかったが、やっぱり一つの時代の終わりを感じさせられた。→ 「京都『ほんやら洞』が燃えてしまった!」 「鶴見俊輔『思い出袋』」

・公の出来事としてはすべて、安倍首相に関連していると言っていい。1月に起きたイスラム国に捕らえられた後藤健二と湯川遥菜の両氏が殺された事件は、政府の無策やアラブ諸国での安倍の言動が原因だった。→ 「自己責任は恫喝のことば」 同様の態度は沖縄や原発再稼働にも向けられていて、その傲慢さを批判されても,強硬姿勢を改めることが全くない、ひどいものだった。→ 「空恐ろしい「アベ」の時代 」 もっともそのような態度とは裏腹に,アメリカに対する従順さは露骨なほどに目立っていた。→ 「『ダブル・スピーク』乱発と無関心」

・安倍政権にとってもっとも大きな問題は、「戦争法案」の強行採決だったろう。その暴挙に沈黙していた若者が立ち上がって「SEALDs]という大きな動きが生まれたのは、暗闇に一筋の光明を見た気がした。→「「がんばれ! “SEALDs”」 「無責任体制の極み」 「終わりの始まり」 アメリカに要請されれば自衛隊を海外に派遣できるようになった。それで日本がテロの標的になる危険性は桁違いに増したのだが、フランスのパリでは11月に多重のテロ事件が起きて、即座の報復と右翼の台頭という事態になった。EUに逃れようとするシリア難民に対する姿勢の国家間の違いや混乱ぶりは、EUそのものの崩壊を予見させるものでもあった。→ 「戦争とテロ」

・このような状況の中で、政権が見せたメディアに対する弾圧といってもいい強硬な姿勢もひどいものだった。その最右翼は安倍チャンネルと化したNHKで、その傾向はますます強化されている。民放に対する締めつけも露骨で、キャスターを名指しで非難するまでになっていて,その理由が「中立公正」だから,驚くほかはない。新聞も読売や産経、日経は言わずもがなだが、朝日のだらしなさにはあきれるばかりである。→「メディアの翼賛体制を批判する声」 「メディアの自由度」 「新聞の記事比較」 「世論操作の露骨さ」 政府による締めつけは大学にも向けられていて、文系学部はいらないといった文科大臣の発言もあったりした。助成金をちらつかせて言うことを聞かせようとする姿勢は、ここ数年、実際にくり返し経験してきてもいる。→「文系学部の存在価値」

・週一回の更新を20年続けてきて、政治やメディアのことについてこれほど書いたのははじめてだった。安倍批判をするのもうんざりしているだのが、支持率が5割近いという世論には、もう絶望すら感じてしまう。2016年には参議院選挙がある。衆議院との同日選挙とも言われていて、現状がさらに悪くなるのか,阻止できるのか,大きな分かれ目になると思う。

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2015年12月28日 06:48に投稿されたエントリーのページです。

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