コーチという言葉には元々「馬車」、すなわち「人を導くもの」という意味があります。例えば、私たちは幼い頃から「お箸を使う」「自転車に乗る」「キャッチボールをする」など多種多様な技やコツを、親や周囲の人から教わってきました。またビジネス現場では、マネジメント層が部下の能力を引き出すためのコミュニケーション術としても注目されています。
このように、対象者が新たな技術を身につけたりスキルを磨いたりするために、教える側が行う一連の活動を「コーチング」といいます。なかでもスポーツ分野に特化し、高度な専門技術を伝えると共に、競技の意義や身体の仕組みなどについても理解し、選手を導くのが「スポーツ・コーチング」です。バイオメカニクス(生体力学)、心理学、データ分析など様々な領域がありますが、私のゼミでは、技の伝授、すなわち"私のコツをあなたのコツに"するための方法を中心に学んでいきます。
日本におけるスポーツの教育現場には「見て学べ」「出来ないのは努力不足」といった風潮があったとされています。しかし実際には対象者がつまずいている要因を探りその対策を練るのは、教える側の仕事だと思います。例えば、お箸をうまく使えない人に対しては、どの動きができないのかを見極め「まず、人差し指と中指ではさむ訓練をしよう」などと導いてあげなければなりません。このように、教える側には、対象者の側に立ってその感覚を理解する力(=運動共感能力)が求められます。
さらに「どう伝えれば相手に響くか」を見抜くのも教え手の責任です。言葉で伝えるか、動きを真似させるのか、あるいはしばらく見守るのか。それは相手が「どんな人間であるか」を探ることでもあります。コーチングとはまさに相手との「コミュニケーション」なのです。
私のゼミでは、座学を中心とした「理論」とそれを元にした「実践」をセットで学びます。例えば、長年の経験によって体に刻み込まれた感覚(=身体知)を他者に伝えることは決して簡単なことではありません。そのことを講義や文献で学ぶだけではなく、例えば「バスケットボールの初心者にドリブルのコツを言葉で教える」「テニス初心者に鏡を使ってフットワークを真似させる」など、実際に試しながら身をもって感じてもらうようにしています。
今年度は、コミュニケーション学部を中心に各学部から27人が集まってくれました。学生には「とりあえず、やってみよう」「いま何か動いてみて」などと無茶ぶりすることはしばしば(笑)。そういうノリを面白がってくれる学生が多いので、ゼミはいつもとてもにぎやかです。
学ぶってすごく面白いよ、ということです。現役時代、私は自分にテニスの才能があると思ったことはないけれど、「学ぶ喜び」「人に教わる喜び」は強く感じていました。昨日できなかったことが今日少しだけできるようになった、知らなかった世界に出会うことができた。そういう一つひとつの学びの喜びを純粋に感じられる気持ちは絶対に成長の伸びしろになるし、この先の人生で倒れそうな自分をグッと支えてくれる強さになると思います。
そして将来、どんな分野に進んでも──たとえそれが理想通りではなかったとしても──そこに自分の居場所ややりがいを見つけて、誇りを持って生きていってほしいと願っています。
※掲載されている教員・学生の所属学部・職位・学年及び研究テーマ等は、取材当時のものです。