最近、クマやイノシシといった野生動物が人家のそばに出現したというニュースをよく目にしますね。野生鳥獣が暮らす山林の管理が適切になされなければ、生態系や農林業、人々の暮らしを守ることはできません。あるいは、昨年の臨時国会で、水道事業の民間委託を推進する改正水道法が成立しましたが、民間委託された場合、水道料金はどうなるでしょうか。日本のどこにいても蛇口をひねれば安全な水が出てくるという状況は守られるでしょうか。そもそも水はどこから来るの?──このように、私たちの生活全般を取り巻く様々な生活環境、自然環境の保全を目的として存在するのが"環境法"です。
もっとも、"環境法"という名前の法律はなく、国の環境保全の基本理念を示す環境基本法をはじめ、海岸法、自然公園法、生物多様性基本法、大気汚染防止法、土壌汚染対策法、水質汚濁防止法、公害健康被害の補償等に関する法律といった、公害・環境問題を対象とする法規範を引っくるめて"環境法"と呼んでいるのです。環境法は、刑法や民法、民事訴訟法といったいくつもの法領域にまたがっており、これらを横断的に理解することは容易ではありませんが、その重要性は時代や社会の変化とともに増してきていると言えるでしょう。
残念ながら、日本の環境法の整備は遅れていると言わざるをえません。本来であれば、実態に即した規制法を整備して解決すべき問題であるにもかかわらず、民事訴訟のほか、公害等調整委員会の調停や仲裁が後を絶たず、事案ごとに紛争の解決をはかっているというのが実情です。これでは問題の根本的解決にはなりません。
迅速な法整備が望まれる例として、例えば、細かな破片となったプラスチックごみが生態系に影響を及ぼす海洋プラスチック問題があります。欧州や中国、アジア諸国では、すでに使い捨てプラスチック製品の使用禁止をはじめ様々な措置を講じており、自国のプラスチック規制強化を進める「海洋プラスチック憲章」に署名した国もあります。一方で日本はいまだ、国際ルールの批准には消極的です(2019年1月時点)。また、東京電力福島第一原発事故で注目を集めたように、日本では事故が起きた際の放射能汚染をどう防ぐかがルール化されていません。ちなみに中国では、16年も前から放射能汚染防止法が施行されており、国による放射能汚染監視制度が明記されています。
人の命や生活に関わる問題が起こり、いくつもの訴訟が提起され、裁判例が積み重なってから、ようやく立法がなされる──。それが四大公害裁判の時代から変わらぬ日本の体質です。ただ、環境問題というのは、それがプラスチックごみであれ放射性物質であれ、すべて自分たちや次の世代に跳ね返ってきます。その重大さを、学生一人ひとりに自分自身の問題として考えてほしいと思います。
ゼミで環境法の教科書を輪読する際は、該当箇所に関する最近の法律や法案、裁判例、話題になっているトピックなどについても調べ、発表してもらいます。例えば、廃棄物処理とリサイクルの法律に関して学んだ回では、日本で年間600万t超といわれる「フードロス(食品ロス)」や、携帯電話などの小型家電に含まれる貴金属から東京オリンピック・パラリンピックのメダルを作る「都市鉱山」プロジェクトなど、各自が関心のあるテーマを見つけて発表してくれました。
さらに、グループ研究では、温室効果ガス削減に関する国際的な枠組みであるパリ協定の実効性を論じたり、絶滅危惧種に指定されているジュゴンを例に生物多様性の保全に関する問題点について考えたりと、まさに今日の世界が向き合っている諸問題について取り上げました。
東電の原発事故の後、全村避難した川内村の副村長らを招き、東京経済大学でシンポジウムを開きました。そのご縁もあって、川内村の周辺で起きている放射能汚染除去に関するいくつかの民事裁判を追い続けています。「子や孫が安心して農業をできるようにしてくれ」「子どもの通学路の除染をしてほしい」など、住民の訴えはどれも切実です。私が目指しているのは、裁判記録から当事者の主張立証の具体的な中身を検証し、現行の法の課題を明らかにして、将来の立法につなげること。法学の一研究者として今後も長く続けていきたい活動の一つです。
卒業後どんな道に進んでも、環境問題と関わらない人はいません。国や公的機関はもちろんのこと、私企業が果たすべき社会的責任も今後ますます重くなります。生活者として出来ることも多々あります。大学での学びを生かし、率先して問題解決の一助を担う人であってほしいと願っています。
※掲載されている教員・学生の所属学部・職位・学年及び研究テーマ等は、取材当時のものです。