言語選択

Search

日本語 ENGLISH

nc_お知らせ

学長メッセージ 在学生の皆さんへ―第1学期授業を終えて―

在学生の皆さんへ ―第1学期授業を終えて― 東京経済大学学長 岡本英男

東京経済大学学長 

岡本英男 2021年7月20日

学長の岡本です。学生の皆さんの協力を得て、今年度も無事第1学期を終えることができました。振り返れば、今年度の第1学期も有為転変の学期、波瀾万丈に富んだ学期でした。

昨年度は、新型コロナウイルス感染症の拡大の影響でオンラインでの授業が中心となりましたが、今年度は密が避けられない大規模な授業を除き対面で授業をする方針で臨みました。実際、授業開始日の4月8日に多くの学生が生き生きとした表情でキャンパスを行き交い、私はキャンパスにやっと本当の春が来たなと喜んだことを思い出します。

しかし、そのような喜びもつかの間で、4月25日から東京都に緊急事態宣言が発令され、その後2度の延長がなされ、全面オンラインでの授業が2か月続きました。ようやく6月20日に緊急事態が解除され、それに伴い6月28日から対面授業を再開しましたが、第1学期終了間際の7月12日から再び緊急事態宣言の発令下に置かれ、その日から1学期授業終了日まで全面オンラインでの授業となりました。また、定期試験もすべて中止となりました。

このように第1学期は、大学も学生の皆さんも感染症拡大とそれに伴う2度にわたる緊急事態宣言の発出に翻弄された学期となりました。それでも、私はこのような経験から学んだこともあります。私が週1回開催している学長ゼミでも、図書館のブラウジングルームで行った対面でのゼミは5回のみで、あとはズームでのゼミでした。しかし慣れれば、対面に劣らない活発な議論ができることもわかりましたし、またズームでのゼミコンパもそれなりに楽しむことができ、予想以上にメンバー間の懇親を深めることもできました。どうか、皆さんもズームなどオンラインをうまく活用して友人同士で議論をしたり、交流したりしてください。

現在、変異ウイルスの「デルタ株」の急拡大の影響もあり、東京都における新規感染者数は連日1000名を超す高い状態にあります。皆さんは夏休み中においても、感染予防策を踏まえた適切な行動をとり、体調管理に努めてください。とくに、会食やカラオケ等、不要不急の外出は自粛して下さるようお願いします。本学の建学の精神は「進一層」と「責任と信用」です。皆さんは、この「責任と信用」を自らの行動指針として、自らが感染しないことはもちろん周りの人たちを感染させないことを前提とした行動の継続をお願いいたします。このことが皆さんの大学生活を実りあるものとすると同時に、皆さんを「誰からも信頼される責任ある社会人」に育て上げるものと私は確信しています。

最後に、私から皆さんへもう一つのお願いがあります。それは、この夏休み期間中に読書の習慣をぜひ身につけてほしいということです。私が繰り返し述べていますように、読書は、思考の材料となる知識を増やし、視野を広げ、皆さんの思考力、想像力、判断力、共感力を鍛えます。

昨年と同様に、私が皆さんにぜひ読んでもらいたいと考える本を6冊あげたいと思います。この中の一冊でもぜひ手にとって読んでみてください。オンライン授業で一日中パソコンの画面とにらめっこして目を悪くした人もいると思いますが、そのような人にとっても本の活字は新鮮に映ると思います。

1.東京経済大学史料委員会編『大倉喜八郎 かく語りき』2014年。
本学は昨年秋に創立120周年を迎えました。この本では、本学の建学の精神である「進一層」や「責任と信用」という言葉の由来、大倉商業学校創設の目的、同校の「伝統」とされてきた「実学教育」や「英語重視」の理由などが、大倉喜八郎自身の言葉で語られています。また、大倉喜八郎研究の第一人者の本学元学長の村上勝彦先生の丁寧な解説がつけられています。とくに皆さんに読んでもらいたいと思うところは、「大倉商業学校生徒に告ぐ」(27~43頁)と1928年の始業式での「最後の訓話」(83~89頁)、そして1923年夏の新潟県人会での演説「進一層」(251~254頁)です。これらを読むことによって、皆さんの本学に対する愛着はより一層深まり、本学の学生であることをより誇らしく思うようになるでしょう。

2.城山三郎『雄気堂々(上・下)』新潮文庫、1976年。
本学の創立委員3名のうちの一人である渋沢栄一を理解するには、ちくま新書で出ている『論語と算盤』の現代語訳から入るのも一つの手ですが、私はここにあげた城山三郎の伝記小説を推薦します。この本を読むと、近代日本資本主義の父と言われる渋沢栄一のダイナミックな人間形成、そして経済や企業倫理に対する考え方が伝わってきます。この本の中で渋沢栄一と大倉喜八郎の出会いのシーンがあり、そこで喜八郎は「渋沢さん、わたしは金もうけより、事業をのばすことを考えています。金はつまり、事業の粕でしょう」と述べています。私は喜八郎らしさが出ているなと思います。なお、渋沢栄一の生き方に興味をもった人は、さらに津本陽『小説 渋沢栄一(上・下)』(幻冬社文庫)や童門冬二『渋沢栄一 人間の礎』(集英社文庫)に進むのもいいと思います。

3.大沼保昭著・聞き手江川紹子『「歴史認識」とは何か』中公新書、2015年。
本の帯に「たたかう国際法学者の白熱講義。日韓・日中歴史問題の必読書」と書いている通り、この小さな新書のなかに故大沼保昭先生の深い学識と現代日本に対する強い思いが込められています。聞き手を務められたジャーナリストの江川紹子さんは「過去を振り返るためというより、将来の日本のありようを決めていく土台として、『歴史認識』は重要なのだ」と書いていますが、私もその通りだと思います。昨年度の学長ゼミで本書をゼミテキストとして用い、正しい「歴史認識とは何か」についてゼミ生と大いに議論をしました。皆さんも本書にチャレンジし、将来の日本のありようを決めていく土台として、正しい「歴史認識とは何か」を自分の頭で考えてみてください。

4.斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、2020年。
人類の経済活動が地球を破壊する「人新世」=環境危機の時代にあって、私たちは何をすべきかと本書は問うています。気候変動を放置すれば、この社会は手がつかられないほどの野蛮状態に陥ることになります。それを阻止するためには資本主義の際限なき利潤追求を止めなければなりませんが、資本主義を捨てた文明に繁栄などありうるでしょうか。この難問に対して、今テレビなどでもよく目にする若き経済思想家斎藤幸平さんは、危機の解決策はあると述べます。そのヒントは、マルクスが最晩年期にたどり着いた脱成長コミュニズムの中にあると。この減速した経済社会をもたらす脱成長コミュニズムに皆さんはどう思われるでしょうか。本書はつい最近まで学長ゼミのテキストとして使っており、この論点をめぐって、私たちは図書館のブラウジングルームで、そしてオンライン上で議論しました。大変読みやすい本なので、ぜひ皆さんも手に取ってこの問題を考えてください。

5.山内道雄・岩本悠・田中輝美『未来を変えた島の学校』岩波書店、2015年。
私は、関昭典教授と関ゼミが7月9日の夜にズームで開催した岩本悠氏の講演会「越境が開く若者と地域の未来」で本書の著者の一人である岩本さんにオンライン上で出会い、短時間でしたが有意義な対話を行いました。その講演後に発せられた関ゼミの皆さんの準備の行き届いた質問には感心しましたが、私もまたその講演の前に予習の意味を兼ねて時間をかけて本書を読みました。本書の内容は、大学時代に20カ国を巡る「流学」を経験した岩本悠氏がソニーを退社し島根県隠岐の離島島前(どうぜん)に移り住み、島の人々と協力しながら廃校寸前にあった島前高校の再建・魅力化に取り組む話です。この島が直面している人口減少、少子高齢化、雇用縮小、財政難という悪循環は、現在多くの地方が抱える共通の問題であり、近い将来において日本全体が直面していく課題です。皆さんも本書を読みながら、このような社会の課題にどう取り組めばいいかをぜひ考えてみてください。

6.マイケル・サンデル『実力も運のうち 能力主義は正義か?』早川書房、2021年。
ハーバード大学白熱講義で世界的に著名なマイケル・サンデル教授は、問題提起のスケールの大きさ、分析の鋭さ、そしてそれらを平易な言葉で私たちに伝える技量、すべてにおいて第一級の政治哲学者だと私は考えています。本書はこのマイケル・サンデルの新著で、欧米ではすでにベストセラーとなっています。欧米や日本をはじめ近代社会が理想としてきた「能力主義(メリトクラシー)」がエリートを傲慢にし、屈辱感を抱く「敗者」との間に未曽有の分断をもたらし、2016年におけるトランプの大統領選勝利に見られるように、そのことが民主主義社会の基盤を明らかに侵食しています。本書は、現在学長ゼミで取り上げているテキストであり、皆さんもぜひ本書にチャレンジしてみてください。そして、社会の分断を避け、健全な市民社会、そして民主主義社会を築くには私たちは何をすべきかを考えてみてください。

以上あげた本の中には、私が週一回開催している学長ゼミで学生の皆さんと一緒に読んだ本が多く含まれています。学長ゼミは自主ゼミであるため単位をあげることはできませんが、本学の学生であれば誰でも参加することができます。現在、1年生から4年生まで10数名の学生が参加しています。先にあげたハーバード大学のマイケル・サンデル教授の本をはじめ、現代をどう生きるべきか、社会はどうあるべきかを主なテーマとして議論しています。興味のある方は、一度参加してみてください。

どうか皆さん、いい夏休みをお過ごしください。国分寺のキャンパスで皆さんに会える日を心待ちにしながら、私のメッセージを終えたいと思います。