東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催しました。(後援:北京市人民政府参事室、China REITs Forum。メディア支援:中国インターネットニュースセンター)
挨拶と基調講演では、福川伸次東洋大学総長・元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎日本製鉄顧問・元環境事務次官が両国の政策と成果を報告し、GX分野での日中協力について展望しました。
シンポジウム開催の様子について、3つの記事に分けてご紹介します。
混迷の国際情勢で薄れる環境への関心に技術革新で挑む
福川伸次東洋大学総長・元通商産業事務次官は開会挨拶で、ロシアのウクライナ戦争やイスラエルとガザ地区の情勢などでエネルギー市場が混乱し、環境問題への関心が薄れる危険性があると指摘。米国ではトランプ氏の大統領再任により、環境問題への関心が薄れる懸念があることと、グローバルサウスの国々は経済成長を重視し、地球環境問題に対する意識が乏しいとの危惧もあり、エネルギー消費増加に伴う課題解決には技術革新が欠かせず、太陽光や風力の拡大、安全性の確認された原子力、水素エネルギーの活用が鍵だとしました。また、資金調達の必要性に触れ、発展途上国支援や革新的技術開発のため資金供給メカニズムの検討を提案。中国はソーラーパネルや電気自動車、風力発電の分野で世界をリードしているため、日中協力の発展を期待し、GX(グリーントランスフォーメーション)分野での成功が世界の産業発展の中心となると力説しました。
鑓水洋環境事務次官は、GXに関する日本政府の政策について詳述し、温室効果ガス排出削減を目指す「GX経済公債」の発行やカーボンプライシング制度の導入などを紹介。これらの施策は、10年間で150兆円を超える官民投資を実現し、脱炭素化と経済成長の同時達成を目指しているもので、また、COP29の結果にも触れ、途上国への資金支援拡大や都市建物の脱炭素化について報告しました。現在日本政府が検討している「GX2040ビジョン」については、エネルギーの脱炭素化や水素関連産業の集積、GX製品の国内市場創出などが重要な課題だと紹介し、特に、グリーン鉄やグリーンケミカル、CO2吸収コンクリートなど素材の性能向上及びコストダウンについて、カーボンプライシングを加えてGX製品の価値を見える化し、需要創造や市場創出に取り組むことを目指していることを説明しました。
岡本英男東京経済大学学長は、同大学が周牧之経済学部教授や尾崎寛直経済学部教授を中心に従来取り組んできた数々の環境問題関連のシンポジウムを振り返りつつ、東アジアをはじめとする国々との連携が、地球環境問題の解決に不可欠であると述べました。
風力発電、太陽光発電など再生可能エネルギー導入進む中国
基調講演は「迫りくるGX時代」をテーマに、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎日本製鉄顧問・元環境事務次官が、それぞれの視点から持続可能な社会を実現するための課題と取り組みについて検討しました。
楊氏はまず、グリーン経済が中国にとって重要なテーマであると指摘。2006年からの中国第十一次五カ年計画はエネルギー消費効率の20%改善、主要汚染物質の10%削減を目標とし、持続可能な発展に向けた同取り組みの延長線上に、現在の「カーボンピーク」と「カーボンニュートラル」という目標があると述べました。習近平中国国家主席は2020年、二酸化炭素排出量を2030年までにピークとし、2060年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を発表しており、中国が気候変動対策の分野で世界的なリーダーシップを果たすための枠組みとして位置づけています。これにより、中国では風力発電や太陽光発電などの再生可能エネルギーの導入が急速に進み、2023年には再生可能エネルギーの設備容量が12億キロワットに達し、2030年目標を6年も前倒しで達成。しかし、完全なエネルギー転換にはまだ課題が多く、これらを克服するためのさらなる努力が必要であることを述べました。
楊氏は続いて、中国経済の現状について短期的な景気課題と長期的な構造課題の二つの側面から論じました。2024年第3四半期の成長率は4.6%であり、前年度の目標として掲げた5%成長の達成には更なる努力が必要とされ、この背景には、消費の停滞と住宅市場の低迷がある一方で、中国は産業基盤や人材資源、インフラの整備状況など、その強みは他国と比べても際立ち、長期的な課題として、従来の投資主導型経済モデルから消費中心のモデルへの転換が必要であることを指摘。更に環境問題や社会福祉の充実など、構造的課題の解決が、今後の経済成長に重要な鍵となると説明しました。都市化の進展も重要なテーマであり、中国の都市化率は依然として先進国に比べて低く、農村部の改革や労働市場の自由化が消費拡大につながり、中産階級の成長を促すことで、経済の新たなエンジンとしての役割を果たすことが期待されるとしました。楊氏は最後に、中国がグリーン経済への転換を実現することの重要性を強調。再生可能エネルギーの普及や産業の環境負荷の低減は、経済の効率性を高め、持続可能な発展を実現するために不可欠であると述べ、こうした政策が、中国だけでなく、地球規模での気候変動対策に貢献するとしました。
GX政策は単なる環境政策ではなく、産業政策や経済政策とも密接に関連
中井氏は講演の冒頭で、気候変動がもたらす影響について、地球温暖化はすでに観測可能な形で進行中だとし、この100年間で地球の平均気温が約0.7度上昇したことに伴い、CO2濃度も400ppmを超えるなど、温室効果ガス増加が深刻化したと詳述。これは、地球環境そのものを変容させ、日本国内で日常生活や経済活動に直接的な影響を及ぼしているとしました。具体的には、集中豪雨や台風の頻発により水害が増加し、農作物の不作が発生、海面上昇や海洋酸性化が海洋生態系に与える悪影響は、漁業をはじめとする海洋産業にも甚大な打撃を与えています。問題は自然災害の増加だけでなく、エネルギー供給や食料安全保障などの分野にも波及し、社会全体の持続可能性を脅かしていることを指摘。日本は四季が明確で自然災害が多いため、気候変動の影響を受けやすいことから、中井氏は気候変動への取り組みを単なる環境保護問題としてではなく、国の安全保障や経済政策の重要な要素として捉える必要性を強調しました。日本政府が推進するGX政策の最終的なゴールは、2050年までにカーボンニュートラルを達成し、2030年までに温室効果ガスの排出量を2013年度比で46%削減することとされています。目標達成に向けて、日本政府は「経済成長と環境保護の両立」を基本理念として掲げるとともに、GX政策を進めるために約150兆円規模の投資を見込み、その一環として20兆円の先行支援を決定しました。この支援には、脱炭素社会に向けた企業の設備投資の支援や、再生可能エネルギーの導入促進、グリーンイノベーションの研究開発支援などが含まれます。中井氏はこれらの投資が、日本経済全体に大きな波及効果をもたらすと述べ、GX政策が単なる環境政策にとどまらず、産業政策や経済政策とも密接に関連していると強調しました。またGX政策の柱として「カーボンプライシング」と「排出量取引制度」の導入について説明。カーボンプライシングとは、炭素排出に価格を付け、そのコストを経済活動に組み込み、同制度の導入で企業や個人へ温室効果ガス削減を促すインセンティブが提供されるものです。日本政府はこの制度を段階的に導入しており、排出量取引市場の整備や炭素税の見直しが進行中。排出量取引市場では、企業間で排出権を取引し、削減コストを最小化しつつ全体の排出量削減を目指しています。また、炭素税の収益は再生可能エネルギーの研究開発やインフラ整備に再投資される予定で、持続可能な成長を実現する仕組みを構築しています。中井氏はこうした政策が、日本の産業競争力を高め、国際的な環境目標達成にも寄与すると述べました。また、GX政策を推進する上では、技術革新の重要性を強調。日本は従来、省エネルギー技術やクリーンエネルギー分野で世界をリードしてきた実績があり、今後もイノベーションを通じて脱炭素化の実現を目指すべきだと述べました。特に、水素エネルギー技術やカーボンキャプチャー・アンド・ストレージ(CCS)技術、次世代型バッテリー技術などは、エネルギー供給の安定化や排出削減のコスト削減に寄与すると期待されています。中井氏は、GX政策の成功には国際的な連携が不可欠であると力説し、日本は先進国として、他国と協力し技術やノウハウを共有し、気候変動問題に対処するリーダーシップを発揮する責任があるとして、日本国内で成功した取り組みを他国に展開し、地球規模での環境改善に寄与することが求められていると締めくくりました。
総合司会を務めた尾崎教授は、「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」という今回のシンポジウムのテーマが、気候変動や資源枯渇など、地球規模の環境問題が深刻化する中で、社会の持続可能性を高めることが急務だとの認識に基づいているとし、産業界もこれをチャンスとして活かしていくべきだと述べました。
国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」会場
福川伸次氏 東洋大学総長・元通商産業事務次官
鑓水洋氏 環境事務次官
岡本英男東京経済大学学長
楊偉民氏 中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任
中井徳太郎氏 日本製鉄顧問・元環境事務次官
尾崎寛直東京経済大学教授