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2019年度卒業生に対する学長メッセージ

卒業おめでとうございます。皆さんの在学中における努力と熱意に心から敬意を表すとともに、明日へ向けての皆さんの船出に応援のメッセージを贈りたいと思います。

卒業式は、卒業していく皆さんにとっては学生生活を締めくくる最も大切な式典であり、今回の卒業式の中止は私たち教職員にとって苦渋の決断でした。本学は、今年でちょうど創立120周年を迎えますが、その長い歴史の中で卒業式が中止になったのは、私が知る限り、敗戦直後の極度の混乱のなかで式典を行えなかった1945年の9月卒業、2011年3月の東日本大震災による中止、そして今回の新型コロナウイルス感染拡大の懸念による中止の3回のみです。

中国の武漢を発生源とした新型コロナウイルスの感染拡大は、日本や韓国といった東アジアの国々のみならず、ヨーロッパ、アメリカへと瞬く間に世界に広がり、世界のサプライチェーンを混乱させ、同時に各国の需要を急減させることによって、世界経済に深刻な影響を及ぼしつつあります。資本による効率性の追求による経済のグローバル化が危機のグローバル化を意味することを今回の出来事は余すことなく示していますが、同様のことは東日本大震災による原発事故にもあてはまると私は考えています。

死者・行方不明者、関連死を含め2万人以上が犠牲になった東日本大震災から9年が経過しました。9年が経つのに、原発事故の被災地である福島の将来像はまだ見えていません。

「福島の『関連死』今年度32人。福島県の避難者はいまだ約4万人に上り、避難生活の長期化などが住民の健康に影を落としている」という記事を目にするたびに、私は「9年前の悲惨な出来事から目を背けてはいけない」と思う私と、同時に日常生活のなかでそれを忘却してしまいたいと思うもう一人の私が、自分自身の中に同居していることを意識します。

しかし、本学を卒業される皆さんはどうか心に刻んでいてほしい。大学とはそのようなことを決して忘れてはいけない組織であり、社会の周辺にいる人々のか細い声にも耳を澄まし、それを自分たちの課題として取り組む組織であるということを。私自身、本学は何よりもそのような大学でありたいと考えています。

今回の新型コロナウイルス感染による犠牲者もまた高齢者や病弱な人、十分な医療を受けられない人に集中しています。また日本をはじめ多くの国が取り組んでいる感染拡大防止策は、倒産、失業、賃金低下というかたちで経済的弱者に大きく犠牲を強いています。今回、卒業式を執り行えなかったことは誠に残念ですが、今回と9年前の卒業式中止をもたらした二つの出来事が私たちに突き付けている大きな課題とそれがもつ意味を考える機会としていただきたい。これは学長としての私の願いです。

創立者大倉喜八郎は92歳の高齢で亡くなる3カ月前の1928年1月9日の大倉高等商業学校の始業式で、学生に向かって次のような訓話を行いました。

「近頃、世の中の風潮を見ますと、この責任観念が如何にも薄らいできました。これは実に恐るべき現象であります。……この責任を重んずるということは、人間の一番大切の事で、殊に皆さんのように、これから社会に出て働こうとする人達には、それが無上の生命であります」と。

92年前の大倉喜八郎「最後の訓話」における、「大倉学校の卒業生はみな一様に『責任と信用』の大切さを肝に銘じて社会に旅立ってもらいたい」という訴えは、主に商業上の責任と信用、仕事上の責任について述べたものです。私はこの喜八郎の「責任と信用」という言葉を導きの糸として、現在の私たちにとって「責任ある生き方」とは何かを改めて考え、本学を卒業される皆さんへのメッセージとしたいと思っています。

皆さんの多くは、小学校から大学まで親の庇護の下で教育を受ける立場でした。しかし、卒業後は違います。これからは、これまでに修得した知的・身体的財産をもとに周りの人たちや社会に恩返しする立場に変わります。

今までとは気持ちを180度切り替えて、まずは親やきょうだいなどご家族の方に、または皆さんの身近にいる人に、どんな小さなことでもいいですので、何か出来ることをしてあげて下さい。周囲の人は、皆さんの変貌ぶりに目を細め、きっと喜ばれると思います。同時に、皆さんの心の中にも「責任ある立場」としての自覚が生まれてまいります。私は、これこそ責任ある生き方の第一歩であると考えています。

次は仕事についての責任です。

「こういうことをして人の役に立ちたい」という気持ちをもって、皆さんを待ち受ける日々の仕事に真剣に向き合い、実績を積み重ねて行って下さい。他人から言われて仕事をする、命令を待って動き出すのではなく、言われる前から率先して仕事に取り組んで下さい。

自ら率先して仕事に取り組めるようになるための最良の方法は、「仕事を好きになる」ことです。どんな仕事であっても、好きになれば、全力で打ち込んでやれるようになります。

さらに、責任ある仕事をやり遂げるには、「仕事を好きになる」だけではなく、「会社や職場との一体感」をもちながら仕事に取り組むことも大切です。一体感を持つことができたら、日々の業務にも熱がこもり、仕事の上達が早くなるだけでなく、皆さんは周りの人から「大切な仕事仲間」として信頼されるようになります。「あの人は信用できる人だ」という周りからの評価は、皆さんに心の余裕と自信を与え、皆さんの「組織の中で生きる力「社会の中で生きる力」を飛躍的に向上させます。

しかしこのことは、皆さんに「会社人間になる」ことを勧めていることではありません。「会社人間」は、長年会社のなかで過しているうちに、「会社が世界のすべて」という錯覚に陥ってしまい、すべての価値観が会社優先になってしまいます。これを防ぐには、より広い観点から物事を見る目を養い、自分の行いを一段高い場所から相対化してみることが大切になってきます。私が、本学の教育目標の一つとして「広い教養に裏付けられた実学教育」の実践を掲げている真意はまさにここにあります。

次に私が述べる「現代人にとっての責任ある生き方」は、おそらく皆さんにとって耳慣れないことだと思います。それは、皆さんに卒業後も政治的市民としての「政治的判断力」を身につける努力を不断に続けていってほしいということです。

ハンナ・アーレントは著書『カント政治哲学講義』『精神の生活』において、判断力を「これは間違っている」、「これは美しい」などと言える能力であると規定しています。そして、個々の判断の正しさを保障するものは、共通感覚common sense に根ざした合意であると言います。

アーレントはカントに倣い、判断力を培うには「主観的で私的な条件」から解放されなければならず、「他のあらゆる人の立場で思考しうる視野の広い思考様式」が必要であると述べます。そして、この判断力によって人びとは「人間関係のネットワーク」のなかでの自らの位置を定めうるようになるのであって、それゆえに、「判断力は政治的存在者としての人間の基本的な能力の一つ」であると考えます。

対話と熟慮と合意形成に政治の本質をみようとするアーレントの政治理論は決して古くはなっていません。いやそれどころか、国内外で為政者が自己の権力政治や経済利益を合理化するために排外主義的ナショナリズムを煽り、国民もまたそのような感情に流れやすい、現代のような「危機の時代」においては、権力政治に代わる相互承認と意思疎通、それらに基づく合意形成という意味での「政治」の回復が何よりも要請されるのです。

どうか皆さん、「視野の広い思考様式」を身につけ、「判断力」を培い、成熟した市民として社会で発言し、行動できるような人間となって下さい。これには相当な時間がかかると思いますが、このような皆さんの行動が、社会を良くし、世界を平和にします。柔軟な思考をする若い皆さんならきっとできると私は信じています。

最後に、卒業生の皆さんに対する私の約束を述べます。

近年、大学に対する社会の期待はますます高まっています。東京経済大学が卒業生の皆さんにとって、いつまでも誇りに足る大学であり続けるように私たち教職員一同は全力で務める所存であります。

本学を巣立つ皆さんが、新しい環境の中で、皆さん自身の周りに対して、また地球社会の持続的発展のために何ができるかを常に考え、行動されることを期待して、私のメッセージといたします。

2020年3月23日  東京経済大学学長  岡本英男